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第6話
獲物を狙う様な目で俺を見るポーシィに、背中がぞわぞわする。
これはちょっとなんかマズイんじゃないか?
「ねぇ、小波 ?」
顔っ!
顔近いっ!
「お前は、私が好いてもいない人間に契約を持ちかける様な者だと?」
いえ、そんな事はないっ、と思うよ?
「そうか。私の想いは全く届いていない、という訳か。」
深海の瞳が揺らめいた。
何かヤバイ。
よく分からないけど、ヤバイ事だけは分かるっ。
咄嗟に身を引こうとしたけど、ポーシィの動きは早かった。
逃げようとする肩を掴まれ、顎の下に指を入れられて上を向かされる。
声を出す間もなくポーシィに口を塞がれた。
さっきの軽く触れるものとは違う、深いキス。
ポーシィの舌が俺の歯列を這い、口の中を蠢く。
舌を絡め取られて、だんだん頭がぼーっとしてくる。
「んん・・・ふ・・・っう、んン・・・」
舌は熱いのに、ポーシィの唇は冷たい。
俺の目からは知らない内に涙が零れてた。
触って貰っている。
その事が信じられなくて、次から次へと湧き出してくる涙がぽろぽろと零れては服を濡らしていく。
すっとポーシィが離れていった。
「小波 ? すまない、嫌だったか? あ、今更って思ってるのか? えっと、その、あー、勝手しすぎたか? ・・・いや、もう、黙ってたのは悪かったっ。それが駄目なんだな、ああ、分かってる、そうだよなぁ。あまりに勝手で、自分の事しか考えてない男だと我ながら思う。こんな私では愛想尽かされても仕方がない。」
「はぁっ?」
さっきまでの堂々とした姿はどこへ行ったのか、ポーシィの様子が明らかにおかしい。
眉が下がりきって、何かまるで叱られた犬みたいな・・・・・。
その姿を見ていたら涙は止まって、なんだか可笑しくなってきた。
「うわぁ、久々に見た、ヘタレポーシィ。」
ぽろりと零れた俺の声に反応してぴたりと止まるポーシィを見たら、続けて口から言葉が勝手に出てしまう。
「しかも、過去最高のヘタレっぷり。何これ、信じられないんだけど。」
我ながらこれはマズイと思った。
ついつい、本当につい、出てしまった言葉なんだけど、すっかりポーシィが凹んでいる。
せっかく俺との契約の元、対価を支払ってくれようと頑張ってくれたのに、これはない。
うん、これはないよな。
とにかく話の流れを変えよう!
「ポ、ポーシィ? ね、いつからだったの?」
「・・・・え?・・・」
俺の言った意味が分からなかったらしいポーシィは、情けない顔のまま俺を見る。
「いつから実体化できるって気付いたの?」
そう、ポーシィが俺の所から姿を消したのは一週間前。
この店ができたのもつい最近らしい。
一つの店舗を立ち上げるのに、いくらなんでも短時間すぎる。
準備をするには、時間もお金もかかる筈。
ん? お金?
「ちょっと、ポーシィ! 開店資金どうしたんだよ?! それに、ここ、どうやって借りた?!」
そう、現実的に考えたら、お金も場所も、ポーシィが借りられる訳がない。
だって、保証人がいない。
何よりポーシィには戸籍がない。
あ、外国人だから、なくても何とかなるのか?
いやでも、そうしたらパスポートとかビザとか必要になるんじゃないのか?
無理じゃん、ないじゃん、そんなもの。
「可愛いなぁ、小波 は。大丈夫だよ。私にだって知り合いくらいいるんだよ?」
「知り合いって・・・いつの間に・・・・。」
「うん? 昔の知り合い。っていうか、弟?」
「は?!」
お、弟?
って弟?!
「いやぁ、弟の宿主は凄いんだよね。この土地も建物も、皆、彼の持ち物なんだよ。小波 との事を話したら、喜んで貸してくれたんだ。当面のお金も彼からだよ。一応オーナーは彼だし。」
「宿主って・・・・。」
何でもない事の様にすらすらと話すポーシィに、俺は小さかった頃の事を思い出す。
何度か、ポーシィと同じ様に人間と交渉を持った神様とその宿主に会った事があった。
「詳しい事は後にしよう。それよりも、ねぇ、小波 。」
するりとポーシィの指が俺の首筋を滑る。
「今は大人しく対価を受けておくれ、私の可愛い小波 。」
さっきまでのヘタれた姿ではない、本来の彼だろう堂々とした威厳が感じられる。
うっとりとする様な美貌が、熱い眼差しで俺を見つめるのを素直に受け止めた。
鼓動が速くなっていく。
ポーシィの青く揺れる瞳が近付き、ちゅ、と軽く口付けられた。
そのまま頬、耳、首筋へと場所を移していく。
「さぁ、可愛い姿をもっと見せて。もっと可愛い声を聞かせておくれ。そしてーーーー。」
鎖骨の下にちりっとした痛みを感じた。
「私のものだという証を、その身に深く刻ませておくれ。」
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