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【01/優斗】キスから始まる⑤
「言い訳があるなら聞く」
彼は裏庭のベンチに腰掛けると、優雅に足を組んだ。傍らに置いた鞄から、手が離れる。それを掴んで逃げることも出来るが……聞きたいこともあるし、とりあえず話してみることにした。
「言い訳?」
「昨日、勝手に帰ったよね?」
「あぁ、だって……混乱して……」
「そんなに嫌だった?」
「そりゃあ、知らない人から急にあんな事をされたら、誰でも嫌がると思うけど」
「知らない人?」
整った顔立ちの眉間に、僅かに皺を寄せる。
「それ、本気で言ってる?」
「当たり前だろ?」
視線を落とす彼の反応は、嘘をついているようには見えない。本当に僕のことを知っているのかもしれない。
「なんで僕の名前を知っているの?」
思い切って聞いてみる。
「昨日、どうやって僕と会って、あの場所に?」
彼が黙っているのをいいことに、知りたい事を吐き出していく。
「なんであんな事、したの?」
「……覚えてないの?」
苦しそうに吐き出した言葉と、哀しみを秘めて揺れる瞳に、ふと罪悪感が芽生え、口をつぐむ。こんな表情をされてしまっては、これ以上何も聞けない。
僕は長期戦を覚悟して、彼の隣に座った。並んで歩いた時、頭一個分は身長差があったのに、今は目線がほぼ一緒だ。そんな悲しい現実に傷つきながら、彼を観察する。
制服も鞄も新品のようだし、そもそも纏うオーラが温室育ちだ。十分すぎる学力に、良く見なくても綺麗な顔で、背も高い。北高が男子校といえど、決して女に不自由しないだろう男なのに、なんで僕なんかにキスしたのか、不思議でならなかった。
「……降参だ」
やがて、少し笑った彼が、そう呟いた。細く神経質そうな指先が髪を耳にかけるが、すぐにサラサラと元に戻る。
「今度は何を読んだんだい? 毎回空想に付き合う俺の身にもなってくれ」
「え、空想?」
彼のだした答えの意味が分からない。だが彼は全てを悟ったように続けた。
「あぁ、そうか。分かったよ。初めて会ったフリがしたいんだね」
「え? あ、いや、フリってゆーか、本気で初めてだから……」
予想外の展開に戸惑う。
「俺は蒼生、君は?」
「ゆ、優斗」
つい答えてしまった。
「ユウ、とりあえずキスをしようか」
「え゛!?」
なんでそうなるのか、理解に苦しむ。
「男同士ですることじゃないだろ?」
「俺だってそう思うよ?」
蒼生が微笑む。言っていることと提案が一致しないこの感じ……やはりヤバイ奴なのかもしれない。
「きみ、おとこ、ぼく、おとこ!」
カタコトで訴えてみたが、蒼生は微笑みを崩さない。
「ユウはユウだろ?」
古いアニメの最終回のような台詞で迫ってくる。
「それ、どういう意味?」
「忘れちゃったなら、思い出させてあげないと、ねっ!」
不意打ちで手首を引かれ、バランスを崩し、蒼生の胸に顔をぶつけた。
「な、なにすっ……」
見上げて抗議しようとした瞬間、まんまと唇を奪われてしまう。
「んっ……」
必死に抵抗するが、蒼生はビクともしない。何度も角度を変えてのキスに、やがて痺れるような感覚を覚える。
嫌だ。嫌なのに、クラクラする。嫌だ……。
「嫌、だ……」
やっと小さく呟くと、蒼生の動きが止まった。
「ユウ?」
「本当に、誰なんだよ……」
ゆっくりと離れる蒼生。信じられないものを見ている、そんな表情だった。次第に哀しみの色が濃くなる瞳を、僕は睨みつけた。
「ユウ、まさか本気で?」
「僕はあんたなんか知らない! 男とキスする趣味もない!」
傷ついたのはこっちだ。なのになぜ蒼生が泣くのか、意味が分からない。
「気持ち悪い……」
怒りを吐き出す。
「最悪だっ」
力いっぱい唇を拭う。
「ユウ、なんで……」
「ユウって呼ぶな!」
鞄を掴み、裏門へ向かう。
授業なんて受けられる状態じゃない。どこへ行きたいわけでもないが、とりあえず1人になりたかった。
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