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【09/和馬】神永先生①

放課後、いつものように教室へ迎えに行っても、優斗はいなかった。 ユウになって移動したかもしれないと思ったオレは、図書室へ行ってみることにした。 下校時刻ギリギリの図書室は、いつもガラガラだ。 図書委員が1人、カウンターの奥で読書をしている他は、特に誰も見当たらなかった……生徒はな。 「あ……」 「おぉ! 和馬くん!」 ニコニコと手招きをしているのは、優斗の担任、神永先生だった。 「またですか?」 「そうなんです。これ、そこの棚に戻すの手伝っていただけますか?」 社会の分厚い資料集、同じものが6冊ずつ。それが何種類もあるから、結構な量だ。 1人でヒィヒィ言いながら返却している姿をよく見かけるし、オレが手伝うことも珍しくない。 つまり、いつもの風景ってやつだった。 「授業で各班に配って使ったのですが、またうっかり返却の指示を忘れてしまいまして……」 「なら明日、係にやらせりゃ良いじゃないっすか」 「いやぁ~職員室に積んでおいたら、さっき怒られちゃったんですよ」 ヘラヘラと笑う神永先生。 サービス残業をしたくないと、部活の顧問を絶対に引き受けてくれないのは有名な話。隙あらばサボる、そんな教師だ。 きっと本だけを理由に怒られたわけじゃないと思ったが、口にはしなかった。 「順番とか適当で大丈夫っすか?」 「んーきっとダメですけど、また来週使いますし、いいですよ」 教師らしからぬ適当さ、そこが学生には人気らしいが、オレにはよく分からない。 「あ、ところで、うちの優斗がいつもお世話になってます」 腐っても担任。優斗の家庭環境を知る神永先生は、優斗がオレの部屋に入り浸っているのを黙認してくれていた。 「いや、まぁ……友達なんで」 「今日、連絡もなしに休んだのですが、何か知っていますか?」 放課後病院に行くよう勧めたが……まさか朝から行った、のか? もし本当に来ていないなら、それしか思い浮かばない。 「昨日、病院に行く話をしていたので、朝から行ったんだと思います」 「そうですか……どこか悪いんですか?」 「本人から聞いてください」 担任だし、話してもいいとは思うが……でもやっぱり本人の口から話すのが一番だろうと思った。 「ところで和馬くん……君はなぜ、毎日読みもしない本を借りるんでしょうね?」 と、急に話が変わった。 驚いて神永先生を見ると、クイッと眼鏡を押し上げるようなポーズをとった。 眼鏡なんてかけていないくせに、何やってるんだか……。 「……読んでますけど」 ユウのために借りているとは言えない。 何を言いたいのかは分からないが、ここは読んだと言い張るしかないだろう。 「では先週勧めたファンタジー短編集、この中で一番印象的だったのは?」 神永先生は、オレが先週借りた本を手にとった。 「なんか戦ってる感じのやつっす」 「随分とぼんやりした答えですね」 勧められて借りたのは確かだが、オレの中には表紙の雰囲気という情報しかない。 短編集ということは、色々な話があるはずだ。 なら、1つくらい戦ってんじゃん? っというファンタジーに対する勘と偏見で答えた。 神永先生は、クスクスと静かに笑いながら続けた。 本棚から適当に本を抜いては、オレに見せてくる。 「じゃあ、これは?」 「映画になっただけのことはあるって感じっすね」 「これは?」 「あぁ、挿絵が結構好きっす」 色々な本を借りたが、中身は全てノーチェックだ。あらすじすら読んでいない。 開いたこともない。そんなオレが、頑張ってそれっぽく答えた。 が、神永先生は堪えきれないといった様子で吹き出し、腹を抱えて笑った。 「和馬くん、やっぱり読んでいませんね」 「読んでます」 「読まないのに借りる本……和馬くん、やっぱり……」 どんどん距離を詰めてくる。オレは後ずさったが、すぐに背中が本棚にぶつかった。 「な、なんすか」 「目的は本じゃない、ですよね?」 「えっ」 神永先生が本棚に両手をつく。オレが女子なら、間違いなく退職に追い込めるであろう、立派な壁ドンだった。 「ねぇ和馬くん、私は君が卒業するまで我慢するタイプじゃありませんよ」 「何の話っすか?」 「照れないでください。私に会いに来ているのでしょう?」 髪を撫でられ、鳥肌が立った。 「違います」 「遠慮しないでください。私は君の気持ちに応えたいんです」 「いや、本当に無理なんで……」 「本当に?」 「はい」 こいつが教師じゃなければ、もうとっくに殴って逃げている。 もっと言えば、優斗の担任じゃなければ、教師といえども殴っていたかもしれない。 「クビになりたいんですか?」 「君と一緒になれるなら、別に構いませんよ?」 「やめてください」 「もちろん、無理強いはしません」 両手を軽くあげて、オレから離れる。 「すみません、私の勘違いでしたか。でも――」 神永先生は、ゆっくりと抜き取った本を棚に戻しながら、流し目で微笑んだ。 「気が変わったら、いつでも言ってくださいね」

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