26 / 84
【09/和馬】神永先生①
放課後、いつものように教室へ迎えに行っても、優斗はいなかった。
ユウになって移動したかもしれないと思ったオレは、図書室へ行ってみることにした。
下校時刻ギリギリの図書室は、いつもガラガラだ。
図書委員が1人、カウンターの奥で読書をしている他は、特に誰も見当たらなかった……生徒はな。
「あ……」
「おぉ! 和馬くん!」
ニコニコと手招きをしているのは、優斗の担任、神永先生だった。
「またですか?」
「そうなんです。これ、そこの棚に戻すの手伝っていただけますか?」
社会の分厚い資料集、同じものが6冊ずつ。それが何種類もあるから、結構な量だ。
1人でヒィヒィ言いながら返却している姿をよく見かけるし、オレが手伝うことも珍しくない。
つまり、いつもの風景ってやつだった。
「授業で各班に配って使ったのですが、またうっかり返却の指示を忘れてしまいまして……」
「なら明日、係にやらせりゃ良いじゃないっすか」
「いやぁ~職員室に積んでおいたら、さっき怒られちゃったんですよ」
ヘラヘラと笑う神永先生。
サービス残業をしたくないと、部活の顧問を絶対に引き受けてくれないのは有名な話。隙あらばサボる、そんな教師だ。
きっと本だけを理由に怒られたわけじゃないと思ったが、口にはしなかった。
「順番とか適当で大丈夫っすか?」
「んーきっとダメですけど、また来週使いますし、いいですよ」
教師らしからぬ適当さ、そこが学生には人気らしいが、オレにはよく分からない。
「あ、ところで、うちの優斗がいつもお世話になってます」
腐っても担任。優斗の家庭環境を知る神永先生は、優斗がオレの部屋に入り浸っているのを黙認してくれていた。
「いや、まぁ……友達なんで」
「今日、連絡もなしに休んだのですが、何か知っていますか?」
放課後病院に行くよう勧めたが……まさか朝から行った、のか?
もし本当に来ていないなら、それしか思い浮かばない。
「昨日、病院に行く話をしていたので、朝から行ったんだと思います」
「そうですか……どこか悪いんですか?」
「本人から聞いてください」
担任だし、話してもいいとは思うが……でもやっぱり本人の口から話すのが一番だろうと思った。
「ところで和馬くん……君はなぜ、毎日読みもしない本を借りるんでしょうね?」
と、急に話が変わった。
驚いて神永先生を見ると、クイッと眼鏡を押し上げるようなポーズをとった。
眼鏡なんてかけていないくせに、何やってるんだか……。
「……読んでますけど」
ユウのために借りているとは言えない。
何を言いたいのかは分からないが、ここは読んだと言い張るしかないだろう。
「では先週勧めたファンタジー短編集、この中で一番印象的だったのは?」
神永先生は、オレが先週借りた本を手にとった。
「なんか戦ってる感じのやつっす」
「随分とぼんやりした答えですね」
勧められて借りたのは確かだが、オレの中には表紙の雰囲気という情報しかない。
短編集ということは、色々な話があるはずだ。
なら、1つくらい戦ってんじゃん? っというファンタジーに対する勘と偏見で答えた。
神永先生は、クスクスと静かに笑いながら続けた。
本棚から適当に本を抜いては、オレに見せてくる。
「じゃあ、これは?」
「映画になっただけのことはあるって感じっすね」
「これは?」
「あぁ、挿絵が結構好きっす」
色々な本を借りたが、中身は全てノーチェックだ。あらすじすら読んでいない。
開いたこともない。そんなオレが、頑張ってそれっぽく答えた。
が、神永先生は堪えきれないといった様子で吹き出し、腹を抱えて笑った。
「和馬くん、やっぱり読んでいませんね」
「読んでます」
「読まないのに借りる本……和馬くん、やっぱり……」
どんどん距離を詰めてくる。オレは後ずさったが、すぐに背中が本棚にぶつかった。
「な、なんすか」
「目的は本じゃない、ですよね?」
「えっ」
神永先生が本棚に両手をつく。オレが女子なら、間違いなく退職に追い込めるであろう、立派な壁ドンだった。
「ねぇ和馬くん、私は君が卒業するまで我慢するタイプじゃありませんよ」
「何の話っすか?」
「照れないでください。私に会いに来ているのでしょう?」
髪を撫でられ、鳥肌が立った。
「違います」
「遠慮しないでください。私は君の気持ちに応えたいんです」
「いや、本当に無理なんで……」
「本当に?」
「はい」
こいつが教師じゃなければ、もうとっくに殴って逃げている。
もっと言えば、優斗の担任じゃなければ、教師といえども殴っていたかもしれない。
「クビになりたいんですか?」
「君と一緒になれるなら、別に構いませんよ?」
「やめてください」
「もちろん、無理強いはしません」
両手を軽くあげて、オレから離れる。
「すみません、私の勘違いでしたか。でも――」
神永先生は、ゆっくりと抜き取った本を棚に戻しながら、流し目で微笑んだ。
「気が変わったら、いつでも言ってくださいね」
ともだちにシェアしよう!