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【11/和馬】初診②

生徒指導室。入り慣れない教室に、少しソワソワする。狭い空間に、テーブルが1つ、椅子が4つ。たったそれだけの小さな部屋だった。 神永先生は窓とカーテンを閉めると、振り返り微笑んだ。 「これで安心して話せますね」 「カーテンまで閉める必要ありますか?」 「だって、気が散るでしょう? ほら……」 神永先生が椅子を引く。 「座ってください」 オレは少し警戒したが、神永先生はあっさりと向かいの席へ座った。 「もし、優斗くんの話が本当なら、解離性同一性障害……いわゆる多重人格の可能性はある、という話でした」 「可能性、だけですか?」 ユウの存在は明らかだ。なのに可能性だけ? 若干イラつき、眉をひそめた。 「お医者さまは見ていないわけですからね。診察中に人格が入れ替わったとしても、それが演技かどうかなんて分かりませんし、診断には時間がかかるそうです」 確かにそうだが……病名がつかないと、治療が開始されない。 「……どのくらいかかるんですか?」 「お医者さま次第ですね。とりあえず来週からカウンセリングに通うことになりました」 「カウンセリング……」 「はい。それから、家庭環境や幼少時の虐待やストレス等が原因なことが多いらしいのですが、優斗くんの場合、まさにその通りですよね」 オレは黙って頷いた。 「本人が安心して暮らせる環境が整っていない場合、治療が難しいかもしれません」 「なら、ずっとオレの部屋に住めばいいっす」 「卒業したら、どうします?」 「それは……」 確かにそうだ。卒業したら、オレは県外へ進学する可能性が高い。 それについて来いと言って、素直に来てくれるのか? ってか、オレはあいつを置いて、進学できるのか……。 「とにかく時間はありますから、ゆっくり環境のことも考えていきましょう」 「はい……」 病院に行けば、物事が大きく動くと思ったのだが、違った。 優斗の家庭環境を改善するって、どうやって? ……こうなると、学生の身がたまらなくもどかしかった。 「カウンセリングは優斗くん1人で通ってもらいますが、私もたまに様子見で付き添うことにしました」 「ありがとうございます」 「いえ、可愛い教え子のためですから。それに……」 神永先生の手が、オレの手に重なる。 「可愛い和馬くんのためでもありますからね」 手の甲に感じる温もりに、少し迷う。 ある程度好かれるのは都合が良いが、行き過ぎると迷惑だと思った。 このままズルズルとスキンシップが増えていっても困る。 だから思い切って訊いてみた。 「神永先生は、男性が好きなんですか?」 「はい、君と一緒です」 「オレは別に……」 「でも優斗くんのこと、友達として見ていませんよね?」 オレが動揺して手を引っ込めると、神永先生は可笑しそうに笑った。 神永先生が分かるなら、優斗もオレの気持ちに気付いているかもしれない。 必死に隠して生活していたつもりだが、ダダ漏れだったかもしれない。 急に不安になった。 「オレ、帰ります」 勢いよく立ちあがり、早足でドアに向かう。 ドアノブを掴んだオレの手に、神永先生の手が重なった。 「ごめんなさい、驚かせてしまいましたか?」 「いえ……」 「でも、図星でしょう?」 図星だ。だから動揺している。 好きな子がバレた恥ずかしさと、それが普通の恋ではない不安、 それらが一気に押し寄せて、一人になりたくなった。 だからオレは無理やりドアを開いた。 「ちょ、ちょっと待ってください和馬く――」 「っ!」 と、外へ出た瞬間、誰かにぶつかった。 「和馬……」 ドアの前に立っていたのは、優斗だった。 驚いた顔で立ちつくしている。 「あ……ご、ごめん、職員室で、神永先生がここにいるって聞いたから……」 「どうしたんですか?」 「昨日のお礼を言おうと思って……あの、ありがとうございました」 動揺する優斗の様子を見て、目の前が真っ暗になった。 さっきの話を聞かれたかもしれない。 「いえ、担任ですから。できる限りの協力はしますからね」 「はい、あの、本当にありがとうございました」 「何かあれば遠慮せず言ってください」 「はい」 「では私はこれで、失礼しますね」 神永先生はそう言って、何事もなかったかのように歩きだした。 「和馬くんは、また明日、部活が終わったら図書室に来てください」 ……意味深な笑顔と台詞は忘れなかった。

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