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【13/蒼生】訪問者①

「……夕飯までには帰れよ」 絞り出した声から、和馬くんの想いが滲み出ていた。 好きな子を、他の男のところへ残して去らなくてはいけない苦しみは、俺だって知っているよ。昨日、別の男のところへ帰ると知りながら、手放したばかりだったからね。 「なんで……」 和馬くんの背中が見えなくなると、ユウが口を開いた。 「ん?」 「なんで、病院へ行くのを止めないの?」 哀しそうな顔に、胸が痛む。昨夜寝ずに考えたのに、揺らいでしまう。 「色々調べたんだ」 「何を?」 「ユウの病気のこと。ネットの情報だからね、間違いがあるかもしれないし、偉そうに語るのは控えるけどね」 「僕が消えてもいいの?」 もちろん、ずっと一緒にいたいさ。でも―― 「消えてほしくないよ」 「ならなんで……」 「このままにして、もし優斗が壊れてしまったら、ユウまで壊れてしまうだろう?」 「それは……」 「きっとこの先、病院は避けられないことなんだよ。だから止めない。でも、協力も出来ない……」 すっかり冷めてしまった紅茶を眺める。 沈んだレモンが暗く染まり、俺たちの未来を示唆しているようだった。 それを否定するように飲み干し、ユウに微笑みかける。 「大丈夫、俺はずっとユウのそばにいるよ」 「うん……ありがとう蒼生……」 *** 季節は夏に向かって、どんどん暑くなっていくのにね。俺の心は寒くなっていくばかりだった。 「ユウ……」 いつもの図書館で、窓の外を眺める。 ふと、ユウの学校へ行ってみようという考えが浮かんだ。遠くから眺めるだけでいい。 ユウの身体が元気そうなら、それで満足だ。 そんな気持ちになったのは、もう1週間もユウに会えていないからだった。 「ねぇ」 荷物をまとめていると、後ろから声がした。 「ユ……」 振り返り、すぐに気づいたよ。違う、優斗だ、ってね。顔つき、立ち方、全てが違うんだ。 でも、俺のことは嫌っているはずだし……なぜここへ来たのかは見当もつかなかった。 「あ、あのさ……僕、優斗なんだけど、聞きたいことがあって……」 気まずそうに話す優斗から、以前のような敵意は感じられない。 まさか、ユウに何かあったのかと、俺は不安になった。 「なに?」 だから少し警戒しながら返事をしたよ。 「僕、カウンセリングに通ってて……それで言われて、さ」 カウンセリングという言葉に、胸が痛む。どうやら本当に通院しているようだった。 「ユウのこと、教えてほしいんだ」 とても真っ直ぐな瞳だった。 ずっとユウのことを知ろうとしなかったのにね。彼は変わろうとしているのかもしれない。 だから俺はユウに会えないのかもしれない。 決めつけるのはまだ早いと思いつつも、心が騒ついた。

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