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【13/蒼生】訪問者②
図書館の中庭。そこに優斗を連れ出して、一緒にベンチに座った。
立派な紫陽花が雫を落とし、優斗の白いシャツを濡らす。
俺はハンカチを差し出しながら、もう衣替えの季節なんだなと思ったりしたよ。
「カウンセリングの先生がさ、もう一つの人格のことを教えてって言うんだ」
優斗は雑にシャツを拭いた。
「僕はユウのことを一つも知らないのにさ。ユウになって動いている時の記憶はないんだ。だから……」
「だから?」
「知らないって答えた。そしたら、周りに知っている人はいないか? いたら話をきいてごらんって言われてさ……」
優斗が上目遣いに俺を見る。
優斗のカウンセリングに協力するということは、ユウが消えるかもしれないってことだからね、協力したくなかった。
でも、深刻なユウ不足の身体に、ユウの声が沁み渡り、拒否なんて出来ない。
ハンカチを受けとりながら、俺はささやかな抵抗を口にしたよ。
「それでわざわざ俺のところに?」
「うん。ユウのこと、何でもいいから聞かせてほしい」
「なぜ俺なんだい? 和馬くんは?」
「和馬はユウと会ったことないし……」
先日、カフェで話した時のことを思い出す。
「俺より付き合いが長いと思っていたよ」
「和馬は何も知らないよ? ……多分」
「多分?」
「そういえば聞いたことないや」
優斗は肩をすくめると、少しだけ笑った。
「でも、和馬からユウの話は聞かないし……だから多分、和馬の前でユウになったことは無いんだと思う」
「そう、なんだね」
和馬くんは、何らかの理由でユウのことを隠していると察した。
俺が余計な事を言って恨まれるのも面倒だし、適当に流すことにしたよ。
「で? ユウってどんなやつ? どこで知り合った?」
「あぁ、ここだよ」
「ここって、図書館?」
「そうだよ。読むジャンルは違うけどね、読書が共通の趣味なんだ」
「本……」
優斗は下を向いて、考え込むような仕草を見せた。
首を傾げて揺れた前髪、長い睫毛、愛らしい鼻筋、そして唇……
こんなに近くにいるのに、触れられないなんてね。
今この瞬間、ユウに代わったりしないのだろうかと、淡い期待を抱きながら優斗を見つめたよ。
「もしかして、ファンタジーとか……?」
「あぁ、そうだね。ユウはファンタジーが大好きだよ」
「そ、そうなんだ……」
「君もファンタジーが好きなのかい?」
「え? あ、いや、僕は本なんて読まない……」
なぜか優斗は、少なからず衝撃を受けたようだった。
「あの……ありがと。僕もう行くね」
「もう?」
「えっとあの……また日を改めて来ます」
まだ全然話せていないのに……急に優斗の様子がおかしくなった。
最後はなぜか敬語だし、目が泳いでいる。
「それじゃあ」
「えっ、ちょっ……」
止める間もなく、去ってしまった。
優斗は怒ったというより、ショックを受けたという様子だった。
俺が何か余計な事を言ったのだろうか? いや、大した話はしていないはずだ。
でも……訳がわからなかった。
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