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【14/和馬】忍耐①

「おい、米粒ついてるぞ」 「えっ、どこ?」 「とってやるよ」 指先をくいっと引く仕草をして優斗を呼び寄せる。いつもなら顔を差し出すくせに、なぜか後退した。 「い、いいよ、自分でとるから……」 優斗は一生懸命顔を撫でまわし、自力で米粒をとった。最近、優斗の様子がおかしい。 「明日はカウンセリングの日だから」 「あ、じゃあ帰り道にスーパーあるな。買い物頼んでもいいか?」 「うん」 メモ帳にいくつか食材を書き出して渡すと、優斗は微笑んだ。 母親に会わなくなったからか、カウンセリングが順調だからか、とても安定した様子だった。 「先に帰っとけよ。オレ、明日も遅いから」 「わかった」 「特待ランクがかかってるからな。夏は特に頑張らないと……」 うちのスポーツ特待生には、ランクがある。Sは全額免除、Aは授業料免除、Bは授業料半額免除、Cは10万だけ免除。 年に1度、進級の際に見直されるのだが、夏の大会の成績がかなり影響する。だからみんな必死だ。 「和馬ならSを維持できるよ」 「維持しなきゃ親にころされる」 一人暮らしの条件が、特待Sだ。ランクを落とすようなことがあれば、実家に呼び戻されるかもしれない。 優斗との生活を守るためにも、今は大会に集中しようと思った。 *** 礼をして道場を後にする。更衣室へ移動しようと中庭へ出た時だった。 「和馬くーん!」 名前を呼ぶ声が聞こえた。振り向くが、誰もいない。 「上です、上! 上!」 言われて見上げると、2階の窓から神永先生が笑顔で手を振っていた。 他の生徒の視線が集まるのを感じて、微妙に居心地の悪さを感じる。 「いつもの場所で待ってますからねー?」 神永先生のテンションは、疲れた身体にはキツイが、なんだかんだ行かないという選択肢はなかった。

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