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【14/和馬】忍耐②

「どうぞ」 神永先生から小さな紙コップを受け取った。 「何すか?」 「疲れたでしょう?リラックスできますよ」 栄養ドリンクのようなそれを、とりあえず一気に飲んだ。 「酸っぱ!」 「レモンベースですからね」 下校時刻を過ぎた図書室に、神永先生のクスクスと笑う声が小さく響いた。 「ってか、ああいうのやめてください」 「ああいうのって、なんです?」 「みんなの前で、大声だすやつです」 「あぁ」 神永先生は、勢いよくカーテンを引いた。シャッ、と鋭い音が響く。 「恥ずかしいですか?」 「注目されたし、恥ずかしいっすよ」 「ふふっ、ごめんなさい」 絶対にごめんなさいなんて思っていないし、オレも本気で責めたわけじゃなかった。 全てのカーテンを閉めると、神永先生はカウンターの鍵を手にとり、出口へ向かった。 「お詫びに家まで送ります」 オレは紙コップを握り潰し、ゴミ箱へ投げ捨て、後に続いた。 *** 学校からマンションまで、徒歩15分くらいだ。 わざわざ車で送ってもらう必要なんてないのだが、優斗を待たせていると思うと、つい言葉に甘えてしまった。 「ありがとうございました」 「どういたしまして……あ!」 ドアを開けようとすると、手首を掴まれた。 「何すか?」 「ねぇ和馬くん、体調はどうです?」 「え?別に普通ですけど……」 「さっきのドリンク、効果出てます?」 ああいうのは信じて飲むことに意味があると思っている。だからスッキリしたような気がしないこともなかった。 「大丈夫っすよ、ちゃんと効いてます。ありがとうございました」 「そ、そうですか……なら良かった」 「じゃ、失礼します」 「あっ、ちょっ……」 ここで別れ際の長話をしたら、送ってもらった意味がなくなる。オレは強引に挨拶をして、車から降りた。 *** 食後、オレの体に異変が起きた。 「なんか……おかしい」 自分の額に手をあてて、足の先をぼーっと眺める。 「大丈夫?」 「ちょっと……熱い……」 身体に力が入らない。 「練習キツかったとか?」 「別に、いつも通りだったけど……」 「じゃあ風邪かな?」 「っ!」 優斗がオレの首筋に触れた瞬間、全身がビクッと震えた。甘い痺れに瞳が潤む。 急激に上昇した性欲の意味が分からず、顔を覆って深呼吸をした。 「ご、ごめん。おでこは和馬の手があったから、首で確認しようと思って……」 「あ……い、いや、大丈夫だ。ごめん……」 溜めすぎた……にしてはおかしい。何か薬でも飲んだような、異常な感覚……薬? 「さっきのドリンク、効果出てます?」 神永先生の言葉を思い出した。 「あれか……」 荒い息を吐きながら、神永先生の名前を呟く。明日会ったら犯罪者と罵ってやる! 「ねぇ、今日はもう寝たほうがいいよ」 「あ、あぁ」 だが、このままでは寝られない。とりあえず風呂で出そうと考え、立ち上がろうとした。 が、上手く歩けず、すぐに転んでしまう。 「っ!」 「わわっ!」 優斗が慌てて抱きとめてくれた。が、今優斗に触れるのは危険すぎる。 オレは力を振り絞って優斗を押し戻し、壁にもたれた。 「頼む、離れてくれ……」 触れたら最後だ。多分、取り返しのつかないことをしてしまう。優斗を傷つけなくなかった。 「えっ」 「ごめん……オレ、風呂入って寝る……」 「で、でも1人じゃ……」 「大丈夫だから、放っておいてくれ」 「でも、和馬歩けてないじゃん」 「いいからっ! 頼むから、1人にさせてくれっ!」 余裕がない。目眩がするほど、気が狂いそうなほどの、身体が痺れるような甘い疼きが噴き出しているのだ。 間違いを犯す前に離れなくてはと、ついキツく言ってしまった。 「わかった……」 優斗の視線を感じる。だがフォローする余裕はなかった。

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