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【17/ユウ】交換
それはテレビみたいなものなんだ。
「あれ?」
チャンネルを変えるように、ボクと優斗は入れ替わる。そして優斗が動いている時、ボクはそれを、テレビ観賞するように眺めているんだ。つまり、見ようとおもえば見られるし、見たくなきゃ見ない。まぁ、だいたい見てるんだけどさ……でも、優斗が病院の日は、奥で引きこもるって決めていた。
だから状況が飲み込めなかった。
「なんで入れ替わったんだろ?」
場所は……和馬ん家の玄関。1人で……荷物は学校の鞄だけか。
寝ていない状況で入れ替わるのは、だいたい近くに母親がいる時だ。でも、今回はそういうわけでもないみたいで、少し戸惑った。
「何かショックな事でもあったかな? あぁそっか、きっと病院なんか行くからバチがあたったんだ」
とにかく、入れ替われたのはラッキーだった。図書館に行けば、蒼生に会えるかもしれない。
部屋の時計をちらっと確認して、ドアの鍵を閉めた。
「さて、行くっきゃNight♪」
開放的な気分に、思わずスキップしたりして、ボクは図書館へ向かった。
***
いつもの席に、蒼生はいた。後ろからそっと近づき、両手で目隠しをする。
「だーれだっ!」
「ユウ!」
驚いた様子の蒼生が可笑しくて、つい声を出して笑ってしまった。周囲の視線に気付き、慌てて口を閉じる。
「あたり」
隣の席に座り、小声で話した。
「今日はもう来ないと思っていたよ」
「もう?」
「あぁ、さっき優斗が来たんだ」
「優斗が?」
「すぐ帰ってしまったし、様子がおかしかったからね、気になってたんだ」
蒼生は手元の参考書を閉じた。椅子を少し回転させてボクと向き合う。
「彼は大丈夫なのかい?」
心配そうに眉を寄せて、ボクを見る蒼生。
ぶっちゃけ気に入らなかった。優斗がここへ来たことも、蒼生が心配していることも。
「ボクと会える貴重な時間に、他の男の話をするの?」
思ったことは全部口から出ちゃうんだよね。それに、わざと棘のある言葉を選んじゃう事も多い。でも、蒼生はいつだって微笑んで、ボクが欲しい言葉をくれる。
「優斗に何かあればユウも傷つくだろう?だから心配だっただけさ」
「でも――」
「ユウ、会えて嬉しいよ」
ボクはこの笑顔に弱い。この優しさに弱い。
蒼生と出会えたことは、ボクの唯一の宝物だった。
「は、走ってきたんだからね!」
照れ隠しにそう言って、ボクは鞄を開けた。スマホを取り出し、見つめる。
「買ったの?」
と、蒼生が覗きこんだ。
「ううん、優斗の。もう遠慮しなくてもいいかなって……」
蒼生から、何度か番号を聞かれたことがある。ずっと持っていないと答えていた。
「使い方は分かるかい?」
「ううん。勝手に使うと優斗を不安にさせるし、触らないようにしてたから……」
本当はボクだって番号を交換してさ、もっと気軽に蒼生と話したいんだ。
これを一緒に使わせてほしい。でも……そんな我儘を通していいのかな?
「貸して?」
悩んでいると、蒼生が手を差し出した。
躊躇いながら渡すと、蒼生が慣れた手つきで操作した。
「はい」
「?」
「この緑色のアプリで、通話もメッセージも出来るから」
「そうなんだ?」
「ほら、俺の名前をタップしてごらん?」
「うん」
初めて見る画面に戸惑いつつ、言われた通りにした。
すると画面上に、眠そうなハムスターのイラストが現れた。
「こうやって、絵で表現してもいい」
「おぉ」
「ほら、ユウもやってごらん?」
「うん!」
スタンプってやつが面白くて連打したら、やんわり怒られたけど……初めて使うスマホは、そんなに難しいものじゃなかった。
「やっと図書館以外でも話せるね」
「うん!ありがとう!」
満足したボクは、スマホをポケットに突っ込んだ。……と、手にガサガサと何かが触れる。
「ん?」
取り出してみると、それは1枚のメモだった。
「いつものうどん、ナス、にんじん、鶏肉……」
最後に、よろしくって書いてある。和馬の字だった。
「おつかい?」
「頼まれたのは優斗だ」
くしゃくしゃと丸めてポケットに戻す。
「行かなくていいの?」
「うん」
「なら、2人の夕食はどうなるんだい?」
「知らない!」
「ユウの身体にも関係しているよ。他人事じゃないだろう?」
「でもなんでボクがっ」
貴重な時間は1秒でも多く蒼生といたい。スーパーで買い物なんて気分じゃない。
「ほら、駅前のスーパーでいいなら付き合うから」
「でも……」
「スマホを勝手に使ったんだから、点数稼ぎをしておこう、ね?」
「……わかった」
蒼生の説得もあり、ボクは渋々買い物へ行った。
でも、実はちょっとだけ楽しかったんだ。一緒に住んだら、こんな風に買い物するのかな?なんて妄想したりしてさ、ニヤニヤが止まらなかった。
***
ボクは優斗のことを、誰よりも……本人以上に知っている。
優斗は弱くて、運も悪くて、可哀想なヤツだ。ボクが守らなくちゃって、ずっと思ってた。それなりに気を遣って行動してきたつもりだし、ボクはボクの立ち位置をちゃんと理解していた。
でも……そんな弱虫のままなら、ずっと奥に引きこもったままでいなよって、最近は思ってしまうんだ。
ずっと守ってきた優斗を、ボクはいつか攻撃してしまうかもしれない。
そんな自分が嫌だった。でも最近のボクは、どんどん欲が出て、我儘になってる。このままでいいわけがない。すっごく不安なんだ。でも、止められない。
「ごめん、優斗……」
重たいスーパーの袋をぶら下げて、ゆっくりと歩いた。
家に帰ったら、蒼生に電話したいと考えながら――
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