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【18/優斗】家出①

一瞬、意味が分からなかった。 軽い頭痛に頭をおさえながら足元を見下ろすと、食材が詰まったスーパーの袋が落ちていた。手に残る感触――きっと僕が落としたのだろう。もちろん、こんなものを持って外に出た記憶はなかった。 混乱しつつ辺りを見回して、更に驚いた。 「あれ、なんで……」 ドアの前にいたはずが、和馬のマンションから少し離れた場所へと移動していた。辺りは薄暗く、それなりに時間が経ったことを告げている。 この現象は初めてじゃなかった。時々感じていた眩暈……時間が飛んだ理由は、今なら分かる。ユウだ。 「スーパーの袋……あ!」 慌ててポケットに手を入れる。昨日、和馬から渡された買物メモを取り出した。それと袋の中身が一致する。 なぜか僕の代わりにユウが買物を済ませたようだった。 *** 疑問は後回しにして、とりあえず袋を冷蔵庫に突っ込んだ。そしてすぐに学校へ向かった。武道館へ行くと、既に部活は終わっていたようで、一年生らしき部員が掃除をしているところだった。 入れ違いになったかもしれない。慌てて帰ろうとしたが、枕元の棚に本がなかった事を思い出した。 「図書室にいるかも……」 だから僕は、図書室を見てから帰ることにした。 *** 恐る恐る足を踏み入れた。図書室なんてめったに来ないし、独特の空気が苦手だからだ。 時間が遅いせいか、カウンターには誰もいなかった。貸出終了の札が立ててある。軽く見回すが、誰もいない。とても静かだし、奥まで見る必要はないと思った。回れ右をしてドアノブに手を置く。 「……て…………か?」 と、和馬の声が聞こえた気がした。無意識にドアから離れ、そっと奥へ進む。 「好きな子とキスするんですから、嬉しいに決まってるでしょう?」 「!?」 キスって言った!? 相手は神永だ。なぜ和馬が神永と、そんな単語が飛び出す話をしているのか……そういえば、最近の和馬の近くには、いつも神永がチラついていたような気もする。 嫌な予感を必死に抑えながら、本棚に手をついた。隙間から、そっと覗く。 「ほら……」 和馬の首に、神永の両手が回された。 目の前のそれが、ただのスキンシップかと問われると、答えはノーだった。生徒と先生という関係ではなく、友達でもない……僕には、2人が恋人同士のように見えた。 和馬の抵抗しない姿が、なぜかものすごくショックで、足の力が抜けた。そして、よろけた拍子に本を数冊落としてしまった。 静かな図書室で、それはとても目立つ音だった。和馬は慌てた様子で神永を押し戻す。そして、2人の視線が僕に集まった。 「あ……ご、ごめ……」 「優斗っ」 「お、おじゃましました……」 見るべきではなかっただろうし、見たくなかった。その場に居続けるなんて無理だった。 考えるより先に身体が逃げ出していた。

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