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【18/優斗】家出②

「今日はもう会わないと思っていたよ」 ドアを開けた蒼生が、困ったように笑った。 「俺の家、よく分かったね。一度来ただけで道を覚えたのかい?」 以前渡された地図を広げて見せる。 「これがあったし、この近所の景色は覚えてたから」 「なるほど」 蒼生は身体を端に寄せて、僕を中へと促した。 「とりあえず入りなよ」 「……おじゃまします」 和馬の部屋には帰れない。でも、家にも帰りたくない。都会なら、漫画喫茶やら何やらあるんだろうけれど、田舎には何もない。困った僕の頭には、なぜか蒼生の顔が浮かんだ。そして、つい訪ねてしまった。 今は和馬のことを考えたくなかった。だから、自分の問題に集中して、気を紛らわせようと思ったのかもしれない。 廊下を歩いてリビングに向かう。蒼生の背中を眺めていると、この選択は間違っていなかったと思えた。 *** 「今日はもう3度目だよ」 「え?」 向かいに座った蒼生は、温かい紅茶を上品に飲んでいる。冷たい飲み物をくれとは言えず、僕は冷めるのを待っていた。 「君の顔を見るのは3度目なんだ」 「……」 「あの後、ユウも図書館に来たんだよ」 「そっか……」 ドアを開けて袋を落とした、あの飛んだ時間の行動だ。まさかというか、やっぱりというか……。 「で? 君は何の用で来たんだい?」 「図書館の話、中途半端だったから……」 「続きを話しに?」 僕はテーブルの上の紅茶を見つめながら、黙って頷いた。 「どんな話が聞きたいのかな?」 「えっと……じゃあ、全部」 「全部?」 「うん、ユウとの出会いから全部知りたい」 蒼生はちらりと時計を見ると、カップを静かに置いた。 「分かった。出会いはさっきも言った通りだけど、あの図書館だよ。ユウの手が届かない位置の本をとってあげたんだ」 蒼生が微笑む。以前は僕をイラつかせるだけだった微笑みだが、今はもう嫌じゃなかった。 「なんか、ベタだね」 「そうだね。でも、その時はまだ何とも思っていなかったんだよ」 「へぇ。じゃあ――」 そして、色々な話を聴いた。欠けた時間の出来事……蒼生と、僕の身体が紡いだ物語を、不思議な気持ちで聴いた。 それはとても、他人事だった。 *** 「っと、もうこんな時間だ」 蒼生が時計を見上げる。 「駅まで送るよ」 そして立ち上がる。僕は動けなかった。 「優斗?」 いつもなら、とっくに夕飯を済ませた時間だ。和馬は心配しているだろうか? 帰るべきなのか? でも……会って何を話せばいいのか分からなかった。 「実は今日、帰る場所がない……かも……」 蒼生が微かに眉根を寄せる。 「泊まっちゃダメ?」 僕は思いきって言ってみた。 蒼生はユウが好きだ。だから嫌がられることはないはずだ。その確信が勇気をくれたから言えた。 「俺は嬉しいけど……和馬くんが心配するよ?」 「和馬は関係ない」 「後悔しないかい?」 「しない」 だが意外なことに、蒼生は戸惑っていた。大好きなユウの身体が泊まると言っているのに、なぜ手放しで喜ばないのだろうか? 「俺はユウが好きなんだよ? 君とユウを重ねて、何かするかもしれない……それでもいいのかい?」 「それは……」 「もしくは、夜中に君とユウが入れ替わるかもしれない。そうなれば我慢しないよ?」 蒼生は、僕とユウを別人として扱いたがっている。だから僕が泊まると言っても困るのかもしれなかった。 「嫌だろう? さ、帰ろうか」 蒼生の手が背中に触れる。そして優しく、玄関へと促された。僕は2、3歩進んで振り返り、蒼生を見上げた。 「ねぇ」 「ん?」 「僕とユウって、何が違うの?」 素朴な疑問だった。僕とユウを同一視しない、蒼生の考えを知りたかった。 蒼生は少しだけ驚いた顔をして、そして笑った。 「そうだね、何もかもかな」 「何もかも?」 「あぁ、ユウはユウだからね」 僕の中のユウを探すように、深く見つめる蒼生の瞳。それはとても優しかった。

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