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【23/優斗】すれ違い

目が覚めると、だしの香りが優しく漂っていた。 「ごめん……」 キッチンに立つ和馬の背中にそっと謝る。 「ん、起きたか」 振り返った和馬は、優しく微笑んだ。 「あの……さっき僕……ごめん」 僕は寝てしまっただけなのか、それとも和馬とユウの間で何かあったのか……確認したいけれど、聞くのが怖かった。 「いや、オレが悪かった。焦りすぎたっつーか……とにかくごめん」 テーブルにどんぶりが置かれた。安定のちくわうどんだ。 「とりあえず食おうぜ」 箸を受け取る。和馬の笑顔は優しかったけれど、僕の気持ちは晴れなかった。 *** 和馬は大会に向けて、日増しに忙しくなっていった。朝も早ければ、帰宅も遅い。学校でも校舎が違うからめったに会わない。一緒に夕飯を食べて、少しだけ話したら、眠る。そんな毎日だった。 「電気消すぞ」 「うん」 返事をすると、和馬が電気を消した。暗闇に目が慣れた頃、僕は勇気を出して起きあがり、ベッドへ歩み寄った。 「ねぇ和馬」 「ん……どうした?」 和馬が枕元の照明スイッチを1度だけ押す。オレンジ色の小さな明かりが、僕たちを優しく包み込んだ。 「一緒に寝たい」 かなり勇気を出して言った。和馬は少し驚いた表情をして、微笑みながら頭を撫でてくれた。 「シングルで狭いし、オレも優斗も寝相悪いし、別々の方がいいと思うぞ」 断られる気はしていた。でも、いざ断られると傷ついた。 「ごめん、ワガママ言った。大会近いし、一緒に寝たら疲れちゃうよな……」 「あぁ、ごめんな」 「ううん、大丈夫。僕こそごめん……」 ベッドから離れて、自分の布団に潜り込む。和馬に言いたくても言えず、飲み込んできたものが大きくなり、胸の奥で渦を巻いていた。 和馬はもう僕のことを好きじゃないのかもしれない、この前ガッカリさせたから怒っているのかもしれない、こうやって毎日入り浸るのはやっぱり迷惑なんじゃないか……どんどん悪い方へ考えてしまう。 僕は、声を殺して泣いた。 *** 僕たちの関係は友達なのか、恋人なのか……よく分からなかった。キスをしたあの日からそういう話をしないし、それっぽい事も起こらない。話をしたくても、和馬が大会に集中している姿を見ると言い出せなかった。 「いつもごめんな」 夕食から1時間後、和馬はジャージに着替えながら、いつもの台詞を口にした。 「大会前なんだし、気にしなくていいから」 僕もいつもの台詞を口にする。 「応援してるから、頑張って」 「あぁ」 玄関で靴を履く姿を眺めていると、顔をあげた和馬と目が合った。 「たまには一緒に走るか?」 「僕はいい。和馬のペースじゃ走れないから」 「ゆっくり走ってやるよ」 「ごめん、走るのは……」 「だよな。じゃ、行ってくる」 「うん、いってらっしゃい」 こんな調子で、あまり一緒にいられない。僕も走って、コミニュケーションをとるべきなのかもしれない。でも、僕は運動が苦手だ。和馬に迷惑をかけるのは嫌だった。 *** 「あ……」 そんなある日、教室で眠ってしまったらしい僕は、蒼生の部屋で目を覚ました。 「ご、ごめん……間に合わなかったね」 蒼生が珍しく慌てた様子で、服の乱れを直していた。 痛む頭をおさえながら、ふと自分が服を着ていない事に気がつく。 「っ!?」 声にならない悲鳴をあげながら、慌てて毛布にくるまった。 「今日はいつも以上に急だったから……ごめん、着替えが済むまで廊下で待ってるよ」 蒼生は僕の服をナイトテーブルに置くと、気まずそうにドアへ向かった。 「待って」 咄嗟に呼び止める。蒼生はドアノブから手を離し、振り向いた。 「責めるのかい? 言っておくけど――」 「そうじゃない」 責めたい気持ちがないわけじゃない。ただ、ここ数週間ずっとモヤモヤと考え、生み出されたコンプレックスを刺激されて、言わずにはいられなかった。 蒼生が僅かに首を傾げる。 「そうじゃなくて……ユウは出来るんだな」 「出来るって……」 記憶はなくても分かる。身体に残る感覚が、2人のした事を告げていた。 「ねぇ、楽しんだ? 満足?」 涙が溢れた。 また和馬に求められたとして、きっと僕は応えられないだろう。恋人らしいことをしてあげることは難しい。身体に染みついた忌々しい記憶が、あんなにもあっさりと蘇った。嫌悪感と恐怖感でいっぱいになり、すぐに意識が遠のいてしまう。 ユウの行動は他人の行動だと、だいぶ割り切れるようになっていた。何を聞かされてもピンと来ないからというのもあるが、いちいち想像して傷つくのが馬鹿らしくなってきたため、考えないようにしているところが大きかった。だから蒼生とユウを責める気持ちは、かなり薄くなっていたのに……。 なのに今、僕はユウに嫉妬していた。 「幸せ? 気持ちいい? 何度もしたくなる?」 「……優斗?」 「僕の気持ちを無視して、僕の身体に……」 「それは……ごめん。でも――」 蒼生は戸惑いながら手を伸ばした。 「触るな!」 僕はその手を払いのける。 「僕なんか……」 両手で頭を抱えこむ。 「僕なんか消えちゃえば……」 誰かに愛してもらうなんて、僕には夢のまた夢だった。心が弱いから病気にもなった。全てユウに譲って、僕なんか消えてしまえばいい。 「僕が消えれば、あおぴーもユウも……和馬だって……」 僕さえ消えてしまえば、全てが上手くいくような気がする。何もかもが嫌になり、本気で消えてしまいたいと思った。

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