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【24/和馬】想い②
「何があった?」
タクシーが走り去る。上品なレンガの玄関アプローチを歩きながら、蒼生に尋ねた。
「優斗を傷つけてしまった」
蒼生の足が止まる。それに従い、オレの足も止まった。
「……何をした?」
「入れ替わった時、優斗は裸だった」
オレが睨むと、蒼生は申し訳なさそうに眉を下げた。
「付き合う2人が愛を深めることは誰にも止められないだろう? そこは謝らないよ。でも――」
優斗の心の傷を知らないわけでもないだろうに……目の前の蒼生に、激しい怒りがこみ上げる。
「……罵倒された方がマシだったよ」
蒼生は苦しそうな表情を浮かべながら、右手の包帯をさすった。
「優斗は大丈夫なのか?」
オレは、殴りかかりたい気持ちを必死に抑え尋ねた。とにかく優斗の状況を知るのが先だと思ったからだ。
「……優斗と話してくれ」
だが蒼生は曖昧な返事をしただけで、玄関のドアを開けた。
「2階に上がって、すぐ右手のドアだ。俺はリビングで待っているよ」
***
「優斗、入るぞ」
ドアをノックし、ゆっくりとドアを開け、中に入る。ベッドの隅に毛布の塊があり、よく見ると虚ろな目をした優斗がそこにいた。顔は涙でぐちゃぐちゃだ。
「優斗、大丈夫か?」
「和馬……」
優斗の目から、涙が溢れる。
「……ごめん」
「なんで和馬が謝るの?」
「一緒にいられれば防げた」
毛布の上から、そっと抱きしめる。それすら優斗を傷つけそうで不安だった。
「ごめん……」
好きでもないヤツの前で、裸で目を覚ますなんて、どれだけショックで傷ついたか……防いでやれなかった事が、心の底から悔しかった。
「ごめんな……」
謝ることしか出来なかった。
魂が抜けてしまったような表情で、静かに涙を流し続ける優斗を見ると、胸が締め付けられた。とにかく連れて帰ろうと、シャツを手にとる。
「帰ろう」
そして、自分で着ようとしない優斗の腕を掴み、シャツの袖に通した。
「ユウのこと……」
と、優斗が消えそうな声で呟いた。
「和馬はユウのこと、どう思う?」
シャツのボタンを留めながら、素直な考えを口にする。
「あいつはユウの一部みたいなもんだろ?」
「なら……好き?」
「悪いヤツじゃないが、好きでも嫌いでもないな」
「でも、本とか借りてあげたり……」
「本? あぁ」
図書室で借りていた本のことだ。ずっと話すタイミングを逃していた。
「本当はユウが好きなんだろ?」
「それはない」
「ユウが僕の一部なら、ユウでもいいじゃん」
「それは違う」
「僕が消えて、ユウが優斗になれば……」
「優斗、何言って――」
「僕は誰かを好きになっても、どうすればいいか分からないし、何も出来ない。身体も言う事をきいてくれない……欠陥だらけだ」
胸が痛かった。
優斗はオレがユウのことを前から知っていたことに気付いて傷つき、キスより先に進めない事に負い目を感じ、自身の育った環境に絶望し、今日の事をきっかけに張り詰めた糸が切れたに違いなかった。
「すまん、ずっと話そうとは思ってた」
優斗の隣に座り、肩を抱き寄せる。
「ユウのこと、実は知ってた。1年前は無害なヤツだったんだ。本さえあれば出歩かないし、夜しか入れ替わらない……それも今みたいに頻繁じゃなかった」
ユウは蒼生と出会い、変わった。蒼生さえ現れなければ、今も優斗を密かに支えるだけの存在だったはずだ。
「本を借りたのはユウの動きを制限したかったからだし、黙っていたのも優斗のためだ」
当時は、ユウとオレで優斗を支えて上手くやっていける気がしていた。
「なぁ優斗、オレはおまえじゃなきゃダメだ」
「和馬……」
「だからユウでもいいとか、何も出来ないとか言うな。それから、欠陥のない人間なんていない」
優斗の目を見る。もっと自信を持ってほしかった。そして、オレを信じてほしかった。
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