7月26日、優斗 和馬が、僕じゃなきゃダメだって言ってくれた。大切な時期に、貴重な時間を僕のために使ってくれた。 こんな病んだ面倒くさいヤツ、なんで相手にしてくれるんだろう？ いつも与えてもらうばかりで、何も返せていないのに……。和馬のためにも、この状況をなんとかしたい。 なぁユウ、この日記を読んだら、おまえも日記を書いてくれないか？ 僕と入れ替わっている時に、何をしているのか知りたい。こうやって日記を書きあえば、お互いのストレスを軽減できそうだと思わないか？ 8月2日、ユウ ボクは日記を書く必要がないよ。見ようと思えば見られるから、優斗の行動はだいたい把握してるし。 でも……君、自殺しようとしたよね？ あれから蒼生は君のことを考えるようになった。君の存在がストッパーになってしまって、蒼生はボクにあまり触れてくれなくなったんだ。おかげでボクはイライラしてる。君が二度とバカな事をしない、ボクとの共存を前向きに考えると言うなら書いてあげてもいいよ。 8月8日、優斗 なぜ把握できるんだ？ 蒼生のことは自業自得だ。確かにあの時のことは……でも、僕は悪くない。 理解して受け入れて、僕とユウを1つにしていくのが治療らしい。僕が通院していることが、共存する気があるって証明にならないか？ 8月16日、ユウ 1つになるのと共存するのは違う気がするけど……まぁいいや。ゆくゆくはルールとか決めて、お互い幸せになろうよ。 なぜ把握できるのかって？ 見てるから知ってるとしか言えないよ。優斗だって見ようと思えば見られるはずだから、テレビの部屋を探してごらん。まぁ、目の前にあっても君は気付けないんだろうけどね。 あ、最後に。和馬くん、準優勝おめでとう。 8月17日、優斗 テレビって何？ もっと分かるように説明しろよ。 ルールを決めるのは賛成。クラスメイトから意味が分からない話をされたり、勝手に買い物されたり、食欲ないのに痩せなかったり、ほんっっっっとにストレスなんだよ。 【ルール】 金は基本的に使うな。どうしても必要なら事前に相談しろ。恋人とはキスまで。他人と接触があった時は、会話の内容とか状況を日記で報告する。あと、何をどのくらい食べたかも書く。 8月24日、ユウ ちょっと！勝手にルールを決めないでよ！ お金は財布を分けよう。事前に相談できないこともあるから。ボクだけ使えないってのは無理がある。あと、恋人との関係を制限するのはやめよう。他人との接触や食事については優斗の言う通りにするから。 テレビのことは、テレビって呼んでるけど、実際はカタチがあるわけじゃない。窓に近いのかな？ そこを覗けば見えるって場所。画質が悪くて良く分からない時もあるし、見たくない時もある。だから僕だって、優斗のことを全部把握しているわけじゃない。これ以上聞かないでよ、もう説明することはないからね。あとは自分で探して。 9月2日、優斗 つまり感覚的なものなんだな。なら、いつか身につくことを願うことにするよ。 ルールのことだけど、財布を分けるのはOK。でも、恋人の件はゆずれない。 9月3日、ユウ なら、高校卒業まではキスまで～みたいな条件をつけたらどう？ ボクは嫌だけど、蒼生は君の意見を尊重したいらしいから。間をとって～みたいな？ お互い妥協しようよ。 大会終わったんだし、イチャイチャしたら？僕は空気読んで見ないようにするから安心してよね。 *** ユウとの交換日記は、日課になった。 ユウが嘘をつく可能性もあるし、全部を書くわけでもないだろうし……それでも、全く情報がなかった頃よりは気持ちが楽になった。 僕の身体を僕だけのものにするためには、『統合』という作業をしていくらしい。ユウという欠けたピースを自分にはめこむ作業だ。そうして1つになるための第一歩として、僕は交換日記を始めた。 時々喧嘩をしながらもやりとりは続き、僕たちは3年生になった。進路を決める季節になった頃には、僕の中に住むユウという人格を、それなりに受け入れていた。 *** 5月12日、優斗 今日、進路希望調査の紙が配られた。就職にマルつけて出したから。 カウンセリングで聞いた話なんだけど、仕事中に入れ替わって、もう1つの人格が仕事を放棄しちゃってクビに……なんて話もあるらしい。入れ替わっても大丈夫な仕事なんてあると思うか？ 5月16日、ユウ 進路かぁ……蒼生は東京の大学を受験するみたいだから、就職でもいいけど東京で仕事を見つけてよね。 工場みたいな、単純作業なら入れ替わっても大きなミスはしないんじゃない？ 5月18日、優斗 和馬は実家から通える大学を受験するよう親から言われてる。もし戻ることになったら、僕も居候させてくれるらしい。だから仕事は九州で探す。 工場か、了解。探してみる。 5月19日、ユウ 九州なんて絶対ダメだからね！ ボクは蒼生の近くに住みたい！ 東京！ 東京！ 仕事は優斗に任せるよ。多分、ボクの方が器用だから。どんな仕事を選んでも、ちゃんと協力するよ。東京ならね！ 5月22日、優斗 “優斗” の進路は “優斗” が決めるものだろ？ ユウが東京に行きたい気持ちは分かるけど、どうしても無理な場合は諦めてくれ。 5月24日、ユウ 蒼生と離れるのは絶対に嫌！もし東京へ行かないならボクは死ぬよ。多分じゃなくて確実に。脅しじゃなくて、本気で。ボクが今までどれだけ君のために耐えてきたか考えたことはある？感謝してほしいわけじゃないけど、もう少しボクのことを考えてくれてもいいのにって思う。 5月27日、優斗 和馬が蒼生と話したらしい。聞いてるか？和馬が東京の大学へ行きたいって両親に交渉してる。まだどうなるか分からないけど、やれる事はやったからな。もし九州に住むことになっても死ぬなよ。 5月28日、ユウ ヤダ。蒼生と離れるなら死ぬ。 5月28日、優斗 なら、蒼生に九州を勧めりゃいいじゃん。 *** 東京か、和馬の実家か、なかなか答えは出なかった。 ……が、予想外の展開に！