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【26/蒼生】卒業②

「すまん、遅くなった」 濡れた上着を脱ぎながら、向かいの席に和馬くんが座った。 「本を読んでいたから気にならなかったよ」 俺は開いただけの本をパタンと閉じて鞄にしまった。 「で、説得は出来たのかい?」 店員さんが和馬くんのところへコーラを運んできた。和馬くんがそれを豪快に飲むのにつられて、俺も少し冷めてしまった紅茶を手にとった。 「いや、ダメだった」 進路のことだ。和馬くんは東京の大学へ行けるよう、ご両親を説得してみるという話だったが……やはり無理だったらしいね。 「だが大丈夫だ。九州の大学は、白紙で受験する」 「え? それはつまり……」 「東京の大学しか受かっていなければ、うちの親は諦める可能性が高い。浪人はダメだと念押しされたからな」 とんでもない事を、涼しい顔で話す。俺は受験料が勿体無いと思ったけれど、口には出さなかったよ。 「だからおまえは、前に言ってた大学を受ければいい」 和馬くんの地元か、東京か……高校を卒業すれば、バラバラになる。それは珍しいことではないけれど、俺たちの場合は複雑だった。ユウと優斗が反発しあい、それを見守っていた俺と和馬くんの出した答えが、進路を合わせることだった。 「落ちるなよ」 「落ちても予備校は東京で通うから、どのみち来年は東京暮らしさ」 「オレは落ちたら実家に強制送還だ」 「なら、君こそ落ちるなよ」 和馬は少し笑って、コーラを飲み干した。 「なぁ蒼生……」 そして俺に真っ直ぐ力強い眼差しを向けて、言葉を続けた。 「卒業したら、一緒に住まないか?」 身を乗り出し、距離を詰めてくる和馬くんのそれは、まるでプロポーズのようだった。 「俺と君が?」 「ユウと優斗も一緒に3人……いや、4人で。どうだ?」 確かにユウと一緒に住めるのは嬉しいよ。でも―― 「優斗は俺と住みたくないだろう?」 右手の親指と人差し指の間を撫でる。あの日、優斗の気持ちを優先すると決めたんだ。優斗にしてしまったことを考えれば、同じ屋根の下に住みたいなんて、俺からは言えないからね……住むとも住まないとも答えられなかった。 「優斗に一人暮らしは無理だ。オレと二人暮らしでもいいが……ユウからの圧力がハンパない」 「ユウ……」 「まぁ、ごちゃごちゃ考えんの面倒だし、基本人格の優斗と付き合ってるからオレの方が偉いってもんでもないし、おまえいいヤツだし……」 「人格が統合されたら恋敵だけどね」 「先のことを考えたらキリがない。とりあえず今は、優斗の彼氏がオレで――」 「ユウの彼氏が俺、だね」 和馬が頷く。 「戦友みたいなもんだろ?」 「そうかもしれないね」 和馬くんは、頬杖をつきながら外を眺めた。俺も紅茶を飲みながら、そっと目をやる。 「もう梅雨だな」 「そうだね」 ここまでの道のりは、決して平坦なものではなかった。今でもお互い、心の底には複雑な想いを抱えているけれど……俺たちの関係は、絶妙なバランスで成り立っていた。 *** 桜並木をゆっくりと歩く。3月初旬、まだ花は咲いていない。 「蒼生っ!ファミレス行こうぜ!」 卒業式でテンションの上がった友人達が、次々と抱きついてくる。 「ち、ちょっ……」 人数が多すぎて、振り解けなかった。 「卒業おめでとぅっ!」 「いやぁふぅ!」 つられて笑う。 「おめでとう」 そしてお決まりの言葉を口にして、写真に収まった。 「ごめんね、ファミレスは行けないんだ」 「蒼生が来ないと始まらねぇのに!」 「まぁ仕方ないか!」 「謝恩会は来るんだろ?」 「あぁ、謝恩会は行くよ」 「分かった。じゃ、また後でな!」 嵐のように過ぎ去る友人。冷たい風に吹かれながら、校舎を背にした。 これからユウと、優斗と、和馬と……4人の生活が始まる。 ----------------------------------------------------------- 高校生編、完。 社会人編はまた後日アップします。

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