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【29/蒼生】邪魔者

穏やかに、心地良く流れていた2人の時は消えて、俺は一瞬で邪魔者になる。 「じゃあ、よろしくね」 「あぁ」 リビングを背にする。ここからは優斗と和馬くんの時間だった。 「……」 自室に戻りドアを閉めると、そのままドアに額を当ててもたれた。血がのぼった肌の熱を、木がひんやりと鎮める。 理解のあるフリをしているけどね……ショックに決まっているさ。和馬くんに嫉妬しないわけがなかった。 「ユウ……優斗……」 ふたつの名前を呟く。 ユウが優斗に変わっても、俺を頼ってほしいと思い始めたのは、いつからだったかな。優斗は優斗、ユウはユウだと割り切れなくなってから、俺の中で何かが変わってしまったんだ。 ユウも優斗も独り占めしたいと思う気持ちが、日増しに大きくなっていた。 *** 優斗は今日からアルバイトを始める。はにかんだ笑顔で向かいのホームから手を振る優斗。視線の先は、もちろん俺じゃない。 「あいつ、大丈夫かな」 和馬くんが軽く手をあげて応えていた。 「ユウも協力的だし、きっと大丈夫だよ」 俺は、そんな2人の絡まる視線を、複雑な気持ちで眺めていたよ。 「まぁ単純作業みたいだし、ユウなら急に入れ替わっても上手くやるだろうな。でも優斗には無理だろ?」 「そうだね。バイトはユウが担当……って、自由に交代出来れば苦労しないのにね」 「だよな」 都会の電車は、すぐにやって来る。それが救いだった。人の流れに合わせて電車に乗り込んだ頃には、優斗を乗せた電車も動きだしていた。 「あいつ人見知りだし、それも心配」 扉の窓から外を眺める和馬くん。その横顔は、今すぐ優斗のもとへ飛んで行きたいと言っていたよ。 「和馬くんは心配しすぎだと思うな」 「仕方ないだろ?」 「気持ちは分かるけどね。でも、過保護すぎても優斗のためにはならないよ」 と、つい口が滑ってしまった。 和馬くんは自覚していないかもしれないけどね。一緒に暮らし始めてから、ずっと気になっていたんだ。食事の用意をしてあげたり、服を片付けてあげたり、風呂上がりには髪まで乾かして……このままでは優斗がダメになる。 今回のバイトのことだって、少しでも優斗が弱音を吐いたら辞めさせてしまうんじゃないかな。 「俺たちは優斗を信じて、見守ってあげるべきじゃないかな」 「別に何かをするつもりはない。オレは心配してるだけだ」 「そうかもしれないけど――」 そうかもしれないけど、優斗の成長するチャンスを君が奪いそうで不安なんだ。 そう言おうとして、やめたよ。和馬くんは今日から始まるアルバイトの不安を口にしているだけじゃないか。こんな話をする必要はないと、我に返ったんだ。 「あ、いやごめん、余計なお世話だったよ」 「別に」 怒っているのかいないのか、相変わらず表情からは分からない。 「なぁ、オレはそんなに過保護か?」 「だと思うけどね」 「そうか……」 顎をさすりながら考え込んでいる様子の和馬くんだったけれど、すぐに落ち着いた笑みを浮かべた。 「オレたち、似てんのかもな」 「え?」 「だって、おまえも過保護だぞ」 俺も過保護、その言葉を否定できなかった。確かにユウを甘やかすことが多々あるからね。でも、だから似てるだって? なら……もし本当に俺と和馬くんが似ているのなら、なぜ優斗は俺を選んでくれないのかな? そんな事を考えながら、流れる景色を眺めていた。 *** そして、夜。 ユウの細い身体を見下ろしていた。 「ユウ……」 身体を撫でるたびに小さく震え、甘えるように俺を見つめる。その目に満たされた。昼間のモヤモヤした気持ちなんて、一気に晴れたよ。 「ユウ、大好きだよ」 引き寄せてキスをする。白い肩、潤む瞳、熱を帯びた吐息、なにもかもが愛しくて……愛しすぎて、なぜか苦しかった。 「ボクもっ……大、好きっ……」 やがて堪えきれなくなった声が漏れはじめ、俺の欲情を更にあおった。深く、深く、2人の時間を無心に味わう。 「……っ声出ちゃ……か、和馬にっ……聞こえちゃうからっ……」 「気にしないで」 「んっ……っあっ……蒼生っ……」 「今は、気にしないで……」 和馬くんのことは忘れてほしかった。ユウにも、優斗にも……。 ゆっくりと、しっかりと、想いをユウの身体に刻む。 ユウの底に眠る優斗にも、届けばいいと願いながら……。

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