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【37/蒼生】実験
優斗はソファの端に、膝を抱えて座った。
俺は少しだけ悩んで、隣に座った。
「先輩の家はどうだった?」
「そのことなんだけど……先輩は、僕と同じ病気だって分かってさ、色々質問してみたくて泊まったんだ」
驚いたよ。珍しい病気だと思っていたのに、まさか1つの場所に2人も集まるなんてね。そんな偶然、本当にあるのかな?
俺は半信半疑で尋ねたよ。
「ってことは、多重人格なのかい?」
優斗は小さく頷いた。そして、言葉を選ぶように、ゆっくりと話し始めたんだ。
***
「話してくれてありがとう」
ユウではなく、あえて優斗の口から話してもらえた事が嬉しかった。
「本当は和馬と3人で話そうと思ってたんだけどね」
そう言って、優斗は少しだけ笑ったが、またすぐに居心地悪そうに俯いた。
「あの……さ」
「ん?」
「僕、少しだけあおぴーの気持ちが分かったんだ。出会った頃、僕に振り回されて、きっとたくさん傷ついたよね?ごめん……」
俺は、今日の優斗が友好的な理由をやっと理解したよ。大輔さんとやらの複数の人格に触れることで、俺の立場について感じるところがあったんだろうね。
「い、今も迷惑かけ続けてるけどさっ」
優斗の手が、落ち着きなく動く。
俺と2人で話すのは、まだまだ苦手なんだろうなと思ったよ。でも、今がチャンスだとも思った。この機会にもっと優斗に近づきたいと考えたんだ。
「ねぇ」
「なに?」
「ひとつ、実験に付き合ってくれるかい?」
「どんな実験?」
「君の中の、ユウに語りかけてみたいな」
弱みに付け込むような、狡い提案……でも、今の優斗は断れないと分かっていたよ。
「優斗に話しかけて、それがユウに届くのかなって、ちょっとした好奇心なんだけど……ダメかな?」
「ま、まぁ、話しかけるだけなら……いいんじゃない?」
優斗は緊張した面持ちで、上目遣いに俺を見た。俺はそんな優斗の頬に、そっと手を添える。
「ちょっと!なにこの手!」
「いつもこうしてるから……少しだけ我慢できるかい?」
「わ、分かった」
反射的に掴んだ俺の手をそっと離すと、優斗は目を閉じた。
「目、ちゃんと見て?」
「えっ、ヤダ」
「目を閉じられると、キスのおねだりに見えるんだけど、いいのかな?」
慌てて目を開く優斗が、とても可愛いくて、つい笑ってしまったよ。
「からかってるの?」
「ごめんごめん、でも、優斗の瞳の奥が見たいんだ。そこにユウがいるような気がして、ね」
至近距離で見つめる優斗の瞳は、気まずさと不安が入り混じり、揺らめいていた。数えきれないほど見つめ合ってきたユウの瞳と同じものなのにね……全てを独り占めできない、優斗との縮まらない距離がもどかしくて苦しくて、切なさがこみあげた。
「ねぇ、ユウには見えているのかな?」
心の奥をのぞくように、じっと優斗の瞳を見つめる。
「俺は君が好きだ。全てを俺のものにしたくて……欲張りでごめんね」
あえて“君”と言った。ユウに語りかけるという口実で、優斗にも語りかけたんだ。
「君を大切にしたい」
親指でそっと頬を撫でる。優斗は戸惑いながらも、動かずにいてくれた。……いや、動けなかったのかもしれないね。
目は口ほどに物を言う。目眩がするほどの愛しさも、今すぐにでも唇を奪いたいという衝動も、すべて飲みこんで抑えていた俺の想いは、きっと瞳から漏れていたんだ。
「俺の気持ち、分かるよね?」
俺たちはどうなっていくんだろうね。焦っても仕方ないと思えば思うほど、心の中が不安でいっぱいになった。
願うように、優斗を見つめ続けた。
やがて、部屋の鍵を開ける音が、静かに響いた。
***
その日の夜、ユウは不機嫌だった。
ユウは雑にカーテンと窓を開け放ち、ベランダに飛び出した。
「ねぇ、蒼生はさ、ユウが好きなんだよね?ユウだから好きなんだよね?」
そして振り返り、手すりにもたれるとそう言い放った。
「実験成功、だね」
つい、呟いてしまったよ。優斗に語りかけたそれは、ユウにも伝わっていると確信したんだ。そしてその意図も、きっとユウは感じとっているんだと悟ったよ。
「質問に答えてよ」
「俺はユウが好きだよ」
「じゃあ優斗は?」
ユウの欲しい答えは分かっている。でも、曖昧に答えた。言葉にしても響かない、何故かそんな気がしたんだ。
「不安にさせてしまったなら謝るよ」
ゆっくりと歩み寄り、ユウをそっと抱きしめた。
「ボクに触れるように、優斗に触れないでよ」
ユウは静かに泣いた。
「ごめん……」
俺の欲が、ユウを悲しませてしまった。どちらも得たいというこの感情は浮気心なのか?そうではないはずだ。ユウは優斗で、優斗はユウなのだから――。
でも、分からなくなった。ただただ、腕の中のユウが愛しくて、申し訳なくて、胸が痛んだ。
***
俺はユウが好きだよ。大好きなんだ。だからこそ、優斗も諦められない。
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