71 / 84

【37/蒼生】実験

 優斗はソファの端に、膝を抱えて座った。  俺は少しだけ悩んで、隣に座った。 「先輩の家はどうだった?」 「そのことなんだけど……先輩は、僕と同じ病気だって分かってさ、色々質問してみたくて泊まったんだ」  驚いたよ。珍しい病気だと思っていたのに、まさか1つの場所に2人も集まるなんてね。そんな偶然、本当にあるのかな?  俺は半信半疑で尋ねたよ。 「ってことは、多重人格なのかい?」  優斗は小さく頷いた。そして、言葉を選ぶように、ゆっくりと話し始めたんだ。 *** 「話してくれてありがとう」  ユウではなく、あえて優斗の口から話してもらえた事が嬉しかった。 「本当は和馬と3人で話そうと思ってたんだけどね」  そう言って、優斗は少しだけ笑ったが、またすぐに居心地悪そうに俯いた。 「あの……さ」 「ん?」 「僕、少しだけあおぴーの気持ちが分かったんだ。出会った頃、僕に振り回されて、きっとたくさん傷ついたよね?ごめん……」  俺は、今日の優斗が友好的な理由をやっと理解したよ。大輔さんとやらの複数の人格に触れることで、俺の立場について感じるところがあったんだろうね。 「い、今も迷惑かけ続けてるけどさっ」  優斗の手が、落ち着きなく動く。  俺と2人で話すのは、まだまだ苦手なんだろうなと思ったよ。でも、今がチャンスだとも思った。この機会にもっと優斗に近づきたいと考えたんだ。 「ねぇ」 「なに?」 「ひとつ、実験に付き合ってくれるかい?」 「どんな実験?」 「君の中の、ユウに語りかけてみたいな」  弱みに付け込むような、狡い提案……でも、今の優斗は断れないと分かっていたよ。 「優斗に話しかけて、それがユウに届くのかなって、ちょっとした好奇心なんだけど……ダメかな?」 「ま、まぁ、話しかけるだけなら……いいんじゃない?」  優斗は緊張した面持ちで、上目遣いに俺を見た。俺はそんな優斗の頬に、そっと手を添える。 「ちょっと!なにこの手!」 「いつもこうしてるから……少しだけ我慢できるかい?」 「わ、分かった」  反射的に掴んだ俺の手をそっと離すと、優斗は目を閉じた。 「目、ちゃんと見て?」 「えっ、ヤダ」 「目を閉じられると、キスのおねだりに見えるんだけど、いいのかな?」  慌てて目を開く優斗が、とても可愛いくて、つい笑ってしまったよ。 「からかってるの?」 「ごめんごめん、でも、優斗の瞳の奥が見たいんだ。そこにユウがいるような気がして、ね」  至近距離で見つめる優斗の瞳は、気まずさと不安が入り混じり、揺らめいていた。数えきれないほど見つめ合ってきたユウの瞳と同じものなのにね……全てを独り占めできない、優斗との縮まらない距離がもどかしくて苦しくて、切なさがこみあげた。 「ねぇ、ユウには見えているのかな?」  心の奥をのぞくように、じっと優斗の瞳を見つめる。 「俺は君が好きだ。全てを俺のものにしたくて……欲張りでごめんね」  あえて“君”と言った。ユウに語りかけるという口実で、優斗にも語りかけたんだ。 「君を大切にしたい」  親指でそっと頬を撫でる。優斗は戸惑いながらも、動かずにいてくれた。……いや、動けなかったのかもしれないね。  目は口ほどに物を言う。目眩がするほどの愛しさも、今すぐにでも唇を奪いたいという衝動も、すべて飲みこんで抑えていた俺の想いは、きっと瞳から漏れていたんだ。 「俺の気持ち、分かるよね?」  俺たちはどうなっていくんだろうね。焦っても仕方ないと思えば思うほど、心の中が不安でいっぱいになった。  願うように、優斗を見つめ続けた。  やがて、部屋の鍵を開ける音が、静かに響いた。 ***  その日の夜、ユウは不機嫌だった。  ユウは雑にカーテンと窓を開け放ち、ベランダに飛び出した。 「ねぇ、蒼生はさ、ユウが好きなんだよね?ユウだから好きなんだよね?」  そして振り返り、手すりにもたれるとそう言い放った。 「実験成功、だね」  つい、呟いてしまったよ。優斗に語りかけたそれは、ユウにも伝わっていると確信したんだ。そしてその意図も、きっとユウは感じとっているんだと悟ったよ。 「質問に答えてよ」 「俺はユウが好きだよ」 「じゃあ優斗は?」  ユウの欲しい答えは分かっている。でも、曖昧に答えた。言葉にしても響かない、何故かそんな気がしたんだ。 「不安にさせてしまったなら謝るよ」  ゆっくりと歩み寄り、ユウをそっと抱きしめた。 「ボクに触れるように、優斗に触れないでよ」  ユウは静かに泣いた。 「ごめん……」  俺の欲が、ユウを悲しませてしまった。どちらも得たいというこの感情は浮気心なのか?そうではないはずだ。ユウは優斗で、優斗はユウなのだから――。  でも、分からなくなった。ただただ、腕の中のユウが愛しくて、申し訳なくて、胸が痛んだ。 ***  俺はユウが好きだよ。大好きなんだ。だからこそ、優斗も諦められない。

ともだちにシェアしよう!