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【39/和馬】登山

「せっかくの旅行だし、精神力を鍛えるような旅にしたいんだ」  っと、優斗が言い出した。なら山だなってことで、北アルプスへ行くことに決まった。山小屋に1泊して、自然を堪能することにした……のだが! 「なんでだよ!」 「知らないよっ!」  22時発の夜行バスに乗り、目的地に着くと、優斗がユウへと変わっていた。 「貴重な優斗との旅行なんだぞ? 空気読めよ……」  今日の旅行がものすごく楽しみだったオレは、涙目でユウに訴えた。 「そんな事言われたって……別にボクは山なんか登りたくないし!」 「なら早く代われよ」 「無理なの知ってるでしょ?」 「はぁ……仕方ない、ほら」  優斗とユウは人格交代のコントロールが出来ない。眠っている時や、強いショックを受けた時に入れ替わる。眠らせるのが手っ取り早いと判断したオレは、自分の膝をぽんぽんと叩き、ユウを誘導した。 「なに?」 「膝枕してやるから、早く二度寝しろよ」 「嫌だよ!寝たからって、必ず入れ替わるわけじゃないし!」 「可能性はゼロじゃない。寝なきゃゼロだ」 「そうだけど、ちょっ!」  渋るユウを無理矢理横にする。オレは無になって、ユウの胸元をトントンした。 「やめてよ恥ずかしいっ!」 「おまえも無になれ、そして寝ろ」 「こんなんで寝れるわけっ……」  夜行バスで疲れていたのか、意外にもユウは眠った。だか、そこから小一時間……起きたのはまたもやユウだった……。 *** 「ねぇっ、もう登らなくていいじゃん」 「諦めろ」  登り始めて早々、まだユウはブツブツと文句を言っていた。帰りのチケットも空きがなくては変更できないし、そもそも優斗に代わる可能性もある以上、登らないという選択肢はないのに、なかなか諦めの悪いヤツだ。  山小屋に着いたら仮眠をして、そこで上手いこと入れ替われれば良いが……願うしかなかった。 ***  中級者向けの山なだけのことはあり、山道が険しい。  最初はブツブツ文句を言っていたユウだが、次第に口数が減ってきた。まだまだ先は長いのに、既に疲れが見える。 「おい」 「なに?」 「貸せ」  と言いながら、ユウの荷物を奪った。万が一遭難したら~なんて無駄にあれこれ準備したせいで荷物が重いからだ。持ってやれば少しは早く山小屋へ着けるだろうと考えた。 「ありがと……」 「別に」 「重くない?」 「気にするな」  荷物が重いのは剣道で慣れているし、体力だって自信がある。 「でも――」 「悪いな、山小屋まで頑張ってくれ」  ユウの疲れた表情を見ていると、オレと優斗の旅行に無理矢理付き合わせている罪悪感みたいなものが芽生えてきた。 「付き合わせてごめん、疲れたら言えよ」  だから素直に謝ったのだが―― 「もう疲れた!」  遠慮のない言動に、罪悪感は消えた。 ***  山小屋でユウに仮眠をとらせる予定だったが、ユウはここまで自分で登ったのだから頂上の景色も見たいと駄々をこねだした。  確かに、山小屋から頂上まではあと少し、美味しいところだけ優斗というのは可哀想な気もしたオレは、そのまま休まずにユウと登頂することを決めた。  本当は優斗とゆっくり話をしながら登りたかったのだが……珍しい花を見つけたり、眺めの良い場所へ辿り着く度に大はしゃぎをするユウも、見ていて楽しかった。  優斗もこんな風に、素直に気持ちを表現出来る日が来るといいなと思いながら、ユウの笑顔を盗み見た――。 「わぁ!凄いっ!ねぇ、凄いよっ!」  ユウが目を輝かせる。 「カルデラ湖、綺麗だよな」  山頂から眺めるカルデラ湖は、エメラルドグリーンの水面と岩のコントラストが幻想的で、いくら眺めても飽きなかった。  ちなみにカルデラ湖っつーのは、火山活動によってできた大きな凹地に雨水がたまって出来た湖だと、さっきベテラン登山家って感じの男性が教えてくれた。 「疲れが吹き飛ぶね!」 「そうだな」 「蒼生に見せてあげたいなぁ」 「オレは優斗に見せたい」  山頂の岩に並んで座る。オレはお湯を沸かす準備を始めた。 「あのさ……ありがとう」  と、ユウがもじもじしながらお礼を言った。 「どうした?」 「実はね、登山なんて、わざわざ疲れに来てバカみたいって思ってたんだ。でも、登って良かった。こんなに綺麗な景色、生まれて初めて見たよ」 「そうか」 「うん。ありがとう、和馬くん」  山を登りながら、少しずつ雑念を捨ててきた。頂上に着き、自分自身をリセットしたような感覚になっているのは、きっとユウも一緒なんだろうな。 「ほら、3分経ったら食えよ」  お湯を入れたインスタントのうどんを渡す。 「ブレないよね」 「別にいいだろ」  そう言って目が合い、お互い少し笑った。 「……ごめんね」 「何がだ?」 「優斗とのデート、ダメにしちゃって……本当にごめん」  優斗とはまた別の日に来れば良い。ユウは優斗の一部みたいなもんだし、オレ的には今日もそれなりに楽しかった。 「別に。オレは楽しかった」  だから素直に答えた。  まぁ、優斗はガッカリするだろうけどな。でも、今それを言うべきじゃないと思い、口にはしなかった。  ユウと過ごすこの時間は、きっとオレと優斗の今後のために必要な時間なんだ。ちゃんと向き合おうと思った。 「……楽しかったの? 本当に? 怒ってない?」 「怒ってるように見えるか?」 「見えないけど……でも、和馬くんはボクのこと邪魔だと思ってるでしょ?」  邪魔じゃないと言えば嘘になる。だが、別に昔も今も嫌いなわけじゃない。 「おまえが優斗のために、優斗の代わりに抱えたものの重さは理解しているつもりだ。おまえこそ、オレが邪魔だろ?」 「ボクだって、和馬くんが優斗のためにしてきた事を知ってるし……邪魔なわけ……」  ユウはインスタントのフタを剥がし、ぐるぐるとうどんを混ぜる。 「ボクはこの身体に縛られている事がもどかしいだけだよ。抜け出せるものなら抜け出したい。だってボクは優斗じゃないもん」  オレも山脈を眺めながらうどんをすすった。 「汁全部飲めよ? 捨てるとこないからな」 「……ボク、結構真面目に話してるんだけど」 「無理なことを願うより現実を楽しめよ」  ユウも優斗も、オレには想像もつかないような苦しみを経験してきたはずだ。今は傷を癒す時であり、それぞれが生きることを楽しめたら、治療も良い方向へ向かう気がしていた。 「それより、残すなよ?」 「……むしろ足りないかも」 「おかわりはないぞ」 「えぇー!」  蒼生のことでユウとは喧嘩が増えていたが、今日、久しぶりに出会った頃の関係に戻れた気がした。  ユウが笑い、オレも笑う。優斗とユウと俺、3人で過ごしていたあの頃に戻ったような感覚だった。ユウと出会ったあの日に戻り、やり直せたら――考えるだけムダなことを、オレは考えずにはいられなかった。

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