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【43/和馬】嫉妬

「蒼生は、きっとまだユウを半分しか自分のものにできていないように感じているんだ。もう半分は僕……」  優斗のこの言葉を聴いた瞬間、オレは頭に血が上った。  蒼生は、優斗が欲しいと言ったのか? 鈍感な優斗の口からこういう発言があるってことは、それなりに迫ったんだろうな。  息苦しいほどの嫉妬が湧き上がり、眩暈がした。一緒に温泉に入り、食事をして、夜にはこの髪に、肌に、唇に触れたのかもしれない。想像すればするほど、上書きしたい衝動に駆られた。 「かずっ、まぁ……」 「蒼生に何を言われたか知らないが、しっかりオレだけを見てろ」  オレのことしか考えられないようにしてやりたいと、欲望が吹き出していた。旅行で何があったのかは知らないが、これだけはハッキリしたからだ。蒼生は優斗の心に触れた。 「オレは今、妬いてる……だから許せよ」  激しい嫉妬がオレを動かした。キスはどんどん深くなっていく―― 「我慢、しないけどいいよな?」  今やめなければ後戻りできない、優斗を傷つけると分かっているのに、止まれなかった。舌を絡めたキスが、オレをたかぶらせていく――  優斗を抱き上げて、ベッドに横たえる。そして優斗をじっと見下ろしながら上着を脱ぎ捨てた。 「我慢する必要なんて、ない」  優斗のとろけたような目が、オレを後押しする。服の上から少しずつ、探るように触れていった。 「大丈夫か?」 「大丈夫、でも……こんな身体でごめん……」  優斗の目から涙が溢れる。 「何度ユウに怒られても、オレはおまえを諦めないから安心しろ」 「ありがと……和馬、大好き」 「あぁ、オレもだ」  お互い近づきたいのに、それが叶わない。優斗の気持ちが折れる前に、叶うことを願うばかりだった。  シャツの中に手を滑りこませると、滑らかな肌の感触を愉しむ。 「好きだ、優斗」  そして、身体の形や感触を確認していくように、無数のキスを落としていく。時々優斗の口から漏れる甘い声が、俺を煽っていった。  ……だが、やがて雲行きが怪しくなる。優斗の声の微妙な変化を、オレは感じとっていた。  優斗の頬を両手で包む。目を見てほしかった。オレを見て、自身を保ってほしかった。だが優斗の目はきつく閉じたまま、ゆっくりと眠りに落ちるように、沈んでいった。  もうすぐユウが目を覚ます。身体の疼きの解消を、ユウは蒼生に求めるに違いなかった。嫌だ、行かせたくない―― 「んっ……っ……」 「優斗っ……」  ベッドの中で、優斗の身体を後ろから抱きしめた。 「……ちょっ、和馬く……ユウだから!」  甘い吐息の残る声で、ユウはオレの腕を叩いた。その手をつかみ、なお強引に抱きしめる。 「ねぇっ、やめ……放してっ!」  と、言いつつ身体に力は入らないらしく、ユウはオレから抜け出せなかった。 「ユウ、何もしないから落ち着いてくれ」 「でもなんかあたってるし!」 「それは……ごめん」  ユウを解放できない。する気になれなかった。今、蒼生のもとへ行かれたら、オレは持て余した身体の熱と嫉妬と寂しさで、気が狂うに違いない。 「頼む、今日はここで寝てくれないか?」 「え、嫌だよ」 「頼む……何もしない。嫌ならオレは床でいい……なんならリビングのソファでいい」  ユウが今日、蒼生とそういう事をするのだけは耐えられない。なんとかして、引き止めたかった。 「ボクと蒼生に口出ししないルールは?」 「ただのお願いだ」 「なら手を放してよ」 「聞いてくれればな。今日だけは頼む、おかしくなりそうなんだ……頼む」 「実質強制じゃん……」  行き場のない衝動は、まだオレの奥で燻っている。だが、必死に堪えた。 「嫌だって言ったら、どうするの?」 「分からない」 「分からないって……ボクだって困るよ、蒼生が待ってる」  蒼生蒼生蒼生、いつもなら流せるその名前は、今のオレをたまらなくイラつかせた。 「その蒼生は、ちゃんとおまえだけを見ているのか?」 「どういう意味?」 「ちゃんと蒼生を縛っておけよ、優斗に手を出させるな」 「それはっ……」  八つ当たりのようなものだった。だが、ユウも口には出さないが、悩んでいたのかもしれない。ユウの身体から、力が抜けた。 「……和馬くんの意地悪」  ユウは寝返りをうち、オレと向き合った。身体の距離は離れたが、目は合った。 「……いてくれるのか?」 「眠くなったから寝るだけだもん。変なことしたら、大声で蒼生を呼ぶから」  少し泣きそうな表情を浮かべて、だが、いつも通りの強気な口調でそう言った。 「そうか……」 「おやすみっ!」  ユウはそう言って目を閉じた。オレはそんなユウを見つめる。 「ユウごめん、ありがとな……」  まだ起きているはずなのに、返事はなかった。オレはなかなか寝付けなかったが、いつの間にか寝たらしい。  朝起きると、ユウは隣にいなかった。 ***  大学で講義を受けていると、スマホに連絡が入った。普段なら無視をするような誘いに、オレは応じた。  表参道で待ち合わせて、無駄にオシャレな和食の店に入る。メニューは俺好み。だが周りを見ると、どうも量は少なそうだった。  注文を済ませてメニューを閉じると、ニコニコと嬉しそうに微笑む神永先生と目が合った。 「夕食のためだけに来たんすか?」  今日も仕事だったなら、ついさっき東京に着いたばかりのはずだ。終電の時間を考えると、たった数時間のために来たことになる。だから少しだけ気になった。 「いえ、明日は創立記念日なので、朝までコースです♪」 「オレ、食べたら帰りますよ?」 「冷たいですねぇ」  オレは神永先生を前に、早くも後悔していた。家に帰りづらいからって……流石にこの誘いは断るべきだった。 「なぜ今日は誘いにのってくれたのか、当てましょうか?」  笑いながら頬杖をつく。オレはグラスの水を一気に飲んだ。 「優斗くんと何かあったんでしょう?」 「別に……」 「じゃあ何故、私と会う気に?」 「なんとなく」 「そうですか」  神永先生は可笑しそうにクスクスと笑った。 「なんでオレにかまうんですか?」 「もちろん、好きだからに決まってるじゃないですか! 今日だって、お返事をいただいてから嬉しくて、張り切って早退してきたんですよ」 「……相変わらずのダメ教師っすね」 「ふふ♪」  褒めていないのに嬉しそうな神永先生を眺めながら、オレはおしぼりで手を拭いた。 「好きって……資料の片付けとか、放課後の見回りとか手伝ったりしたからですか?」 「その程度でわざわざ生徒に惚れませんよ、面倒じゃないですか」 「じゃあ何すか?」  全く心当たりがなかった。わりと早い段階から、もうずっとこんな調子だったからだ。 「初めて会った日を覚えてますか?」 「図書室?」 「違います」 「あぁ、なら優斗の教室か」 「違いますよぉ、入学式です」 「……なるほど」  そりゃそうだと思った。だが、特別何かを話したような記憶はなかった。 「あの日、私は遅刻しかけていました」 「あの日も、ですよね」  すかさずオレは“も”を強調する。神永先生が朝弱いというのは有名な話だった。 「はい♪ で、ほら、裏門から入ると桜が凄いじゃないですか」 「あぁ、武道館の横の?」 「そうです。だから花びらが凄く落ちていて、急いで走っていた私は滑って盛大に転んだんですけど……なんと和馬くんが支えてくれたんですよ」  入学式の前に、武道館を見学した。その時、そんな場面に遭遇したような気がしなくもない……が、それが神永先生だったとは思わなかった。 「あれ、神永先生だったんですね」 「絶対に後頭部を強打コースだったのに、気がつけば和馬くんの腕の中……桜が舞い散る中で、運命を知りました」  遠い目をしてそう語る神永先生は、完全にオレを美化していた。 「前にいた人が滑ったんで、たまたま支えただけです」 「ね、運命ですよね?」 「いや、運命とかじゃなくて――」 「祝福の花びらに包まれて、時が止まったように感じました。そして和馬くんの目を見た瞬間、世界が鮮やかに色づいたんですよ」  つまり、一目惚れだったのか……。恋は盲目、何を言っても無駄だと察したところで、目の前にうどんがやってきた。 *** 「さて、どうしましょう?」  店を出て、植え込みに腰掛けて靴紐を結び直していると、神永先生もオレの隣に座った。 「映画でも観に行きますか?」 「いや、帰ります」  わざわざ東京に出てきた神永先生には悪いが、帰ろうと思った。そうしないと昨夜のことで優斗を責めているような感じになってしまうし、優斗を蒼生と2人きりにするのも嫌だった。 「優斗くんを諦めろとは言いません。ただ、辛いでしょう? 見ていれば分かるんですよ……発散するべきです」  いつも冗談なのか本気なのか分からない話し方をするくせに……こんな真面目な表情をされたら、強く断れない。それに、確かにオレはストレスが溜まっている。このまま帰っても、優斗と普段通り過ごす自信はなかった。 「……ボルダリングなら、行ってもいいです」  身体を動かしたい。汗をかいて、スッキリしたかった。最近ちょっと気になりつつ、1人で行くのは抵抗のあったボルダリングなら、行ってもいい。  そう言うと、神永先生の目が輝いた。 「はい♪」  とはいえ、やはり優斗と蒼生のことが気になった。  優斗と蒼生を2人きりにしたくない、だがこの場に優斗を呼ぶのも違う気がする。 「……蒼生も呼んでもいいですか?」  苦肉の策で、オレはそう呟いていた。

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