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【48/和馬】共犯
次の日――
優斗の部屋をノックした。
返事はないが、ドアを開けて中を覗く。ベッドに座る優斗を確認して、部屋へ入った。
「電気、つけないのか?」
「うん……」
窓からの月明かりが、優斗を照らす。とても疲れた表情だった。
別れ話をするタイミングは本当に今なのか? 弱りきった優斗に対するトドメになるのではないかと、オレは躊躇った。でも、言うしかない――
「なぁ優斗」
「ねぇ和馬」
声が被った。
「あ……いや、なんだ?」
咄嗟に譲ってしまった。
「お願い、僕を抱きしめて」
涙がぽろりと、優斗の頬を伝う。
「お願い……」
つい、手を伸ばしてしまった。
「優斗……」
こんな状態の優斗を拒絶できるわけがなかった。優斗を引き寄せ、抱きしめる。
「大丈夫か?」
「僕は、ユウが羨ましい」
「ユウはおまえだ」
「でも、自分だと思えない」
「そういう病気だからな、仕方ない」
「そうだね、仕方ないんだ……」
優斗が泣きながらキスをせがんだ。
最後のキスだ。そう思えば思うほど、愛しくて苦しくて、オレも涙が止まらなかった。
「和馬、ごめん……こんなっ……僕なんかと出会っちゃったせいで……ごめん……」
「謝るな。今まで楽しいことだっていっぱいあっただろ?」
「うんっ……」
「球技大会とか、マラソン大会とか、体育祭とかさ、最近だとジムとか海とか、な?」
「それは和馬だけだから」
優斗が泣きながら笑った。
オレはTシャツを脱いで、涙でぐちゃぐちゃになった顔を拭いてやった。
「タオルとかティッシュとかさ、もっと違うもので拭こうよ」
「さっき風呂入って着替えたばかりだから綺麗だぞ?」
「そういう問題じゃないから、もうっ」
優斗がオレの首に腕を回し、ベッドに引き込む。覆い被さるようにしてキスをした。
「昨日、なんで神永と会ってたの?」
しばらくすると、優斗は甘さを含む切ない声でそう言った。
「就活の相談」
「じゃあ、やっぱり決めたんだ?」
「あぁ、体育の先生になろうと思う」
優斗のシャツのボタンを外し、肌に触れる。キスの合間に会話を続けた。
「教育学部じゃないからか、情報が足りなくてな。神永先生は腐っても教師だし……それに、学園長があいつの叔父だって知ってたか?」
「えっ、じゃあコネなんだ」
「そう思っちゃうよな」
優斗の髪を撫でる。この髪も、肌も、声も、優斗の全てをオレに刻んで、宝物にしようと思った。
「和馬を疑ったわけじゃない」
ふと、優斗がそう言った。
昨夜のことは、いわゆる最後の1滴だった。その1滴で、溢れただけのこと。毎日優斗を見てきたオレには分かっていた。
「あぁ、分かってる」
「うん、ありがとう……」
深く、深く、肌を重ねていく。時間をかけてゆっくりと、最後の時を味わった。
やがていつも通り、優斗の吐息が僅かに苦しみを含んだ。
オレは手を止めて、そっと抱きしめた。
「っ!」
予期せぬキスだった。確かにユウと交代したはずだ、間違えるはずはないのに……思わず心臓が跳ねた。
「ユ、ユウっ!?」
「優斗だよ、続きをお願い……」
ねっとりと絡みつくようなキスに、くらくらした。だが、これは優斗のキスじゃない。
「ユウだよな? なんでっ――」
キスが邪魔をして、上手く話せない。
「優斗だってばっ!」
「……んっ、ユ、ユウっ……」
確信した。やっぱりユウだ。だがなぜこんな風に迫ってくるのかが分からない。
「優斗だってば……」
ユウがオレの敏感な場所に触れる。それに煽られ、身体の熱が一気に上昇するのを感じた。その波に飲み込まれてしまいたい欲望を必死に抑えて、その手を掴んだ。
「なんでこんな事をするんだ?」
息を整えながら、ユウに尋ねた。
「……蒼生と別れることにしたんだ。だから、決心が揺るがないように……するためにっ……」
ユウは声を詰まらせた。
「その必要はない、オレが優斗と別れる」
「ダメだよ!」
大きな声で否定するユウの口を、慌てて塞いだ。ここに蒼生が来たら話が拗れるからだ。
「おまえには蒼生が必要だ。優斗にも……蒼生なら、きっとあいつを救えるだろ?」
「優斗こそ、和馬くんがいないとダメなんだよ。ダメなんだ……」
ユウの目から大粒の涙が零れ落ちる。
「これを見て」
涙を拭うこともしないまま、充電器から外したスマホを操作し、画面をオレに向けた。
「動画?」
そっと受け取る。撮影場所は、この部屋。画面には優斗の上半身が映っていた。
「日記には、誰にも見せるな、見たら消してって書いてあったんだけど……」
「いいのか?」
「うん、見て」
オレは恐る恐る、再生ボタンを押した。
その動画は、5分もない短い動画だったのだが、優斗の重く、悲しく、深い絶望が詰まっていた。ありとあらゆる希望が滑りおちていくような感覚に襲われて、オレは声が出なかった。
「ボクには夢があって、友達もいる。でも優斗には和馬くんだけなんだ。和馬くんだけなんだよ……」
オレは優斗のために別れるつもりだった。だが、それは間違いだった。
優斗のために、ユウは蒼生を諦める決心をした。そう決心させるものが、そこにあった。
「だからお願い、協力して。ボクは統合されて出てこなくなったことにしたいんだ」
「そうすれば、蒼生は諦めるしかないってことか?」
「うん、そうだよ。優斗に接触するかもしれないから、昔みたいに、和馬くんにフォローしてもらいたい。ユウは出てきてない、おまえは寝てただけだって、そう思わせてほしいんだ」
この決断をすることが、どれだけ苦しかったか……ユウの気持ちを考えると、オレは胸が締めつけられた。
「おまえはそれでいいのか? きっと窮屈な暮らしになるぞ?」
「ボクと優斗が譲り合っただけって考えてよ。優斗は恋人を、ボクは趣味をとったんだ。元々ボクは一人で本と向き合う時間が大好きだし……知ってるでしょ?」
「あぁ、そうだが……」
確かに一人で本を読むのが好きなヤツだった。だが、人一倍寂しがり屋なことも知っている。今、ここで同意することで、どれだけユウを苦しめることになるのかも、オレは分かっていた。
身体を共有している以上、全部を自分の思い通りにはできない。だからこそ、オレ達は苦しんできた。
ずっとお互いに譲れなかったものを今、ユウが手放すと言っている。オレはこの日をずっと待っていたはずなのに、胸は重く、後味の悪さを感じずにはいられなかった。
「なら、蒼生も優斗も騙してやる。一緒にな」
昨日、蒼生にはオレが手放すと告げたくせに……我ながら虫のいいヤツだとは思う。だが、そうするしか方法がなかった。
「ありがとう……」
無理をして笑うユウ……その笑顔が、苦しかった。
「ねぇ」
「ん?」
「さっきの続き、してよ」
「……なんでだ?」
「蒼生の顔を見た時、揺るがないように……引き返せないように」
「……わかった」
腰に手を回し、抱き寄せる。お互いに刺激し合い、やがて頭の芯が痺れるような感覚を覚えた。
絡みつく腕、互いの唾液を交換し合う水音、広がる熱……それは、共犯者の儀式のようなものだった――。
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