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2.幼馴染み

ウォルフローンを出て待っていた車に乗る。 部下に軍本部に戻るように告げると、背もたれにもたれ掛かって目を閉じた。 ……ニコとは。 父親同士が友人だったこともあり、家族ぐるみの付き合いだった。 ニコが大学へ進学し、俺が軍大学に進んで進路が分かれるまではずっと一緒だった。 それこそ、兄弟のように……それ以上に、仲がよかった。 ただ、ニコが俺に対して抱いている感情と、俺がニコに対して抱いている感情は別のものだったが。 ニコにそんな感情を抱いていると気づいたのはいつのことだったろう。 天真爛漫で誰からも好かれるニコに対し、にこりとも笑わないため敬遠されがちな俺。 一緒にいることはニコのためによくないと離れようとして……大喧嘩になった。 初めてニコから殴られた。 あれはいい思い出だ。 ニコに対する感情に気がついてから、傍にいることは苦しくなった。 なにも知らずに笑っているニコを逆恨みしたことだってある。 でも、俺は気持ちを隠して、ニコと一緒にいることを選んだのだ。 学校を卒業し、ニコは親父さんの命に従って政治家の道へ、俺は軍人になってもいままでの関係は変わらないと思っていた。 親父たちのように。 親父たちのように、なにも云わなくてもそこにいるのが当たり前で、たまに会えばビールを酌み交わし、何時間でも語る。 そんな関係でいられると思っていた。 ……なのに運命は俺たちの関係を狂わせてしまった。 そのころ、俺たちの暮らす国、ベンブルクは疲弊していた。 ありとあらゆる手を使って元首の地位にもう十五年しがみついてきた男、エンゲッツによって。 最初のうちこそすばらしい政治手腕を発揮し、皆の期待を集めていたものの、在任期間が延びるにつれて徐々に腐敗していき、完全に国民を喰い物にする存在になっていた。 国民の不平を逸らすようにか、繰り返される無理な、隣国リーワスへの侵攻。 とうとう徴兵が始まると、国民の怒りは爆発。 ウォルフローンへと押し寄せた民衆によって、エンゲッツは失脚した。 次の元首を誰にするかいくつもの名前が挙がったが、誰も彼も少なからずエンゲッツの息がかかっていた。 そこで目を付けられたのが……ニコローズ スティングナー。 ニコ、だ。 エンゲッツに何度も苦言を呈し、国民のために自分ができる小さな活動を幾つもしていたことで元首の地位に祭り上げられた。 このときニコ、三十二歳。 若すぎる元首の誕生に、不安を抱かないものがいなかったわけじゃない。 けれど、それ以上に期待のほうが大きかったのだ。 内外から有望な人材が集められ、内閣が組織された。 その中にセドリードの姿もあった。 俺にもニコから声がかかった。 傍にいて欲しい、と。 「無理だ。 軍人の俺がおまえの傍にいればよくない噂が立つ」 俺の手を握るニコの手を振り払うと、泣き出しそうに顔が歪んだ。 「レンが傍にいてくれるだけでいいんだ。 軍人なんて辞めればいい」 「軍人でない俺なんてなんの役にも立たない」 「……」 俯いて黙ってしまったニコの表情はわからない。 傍にいてやる、そう云えたらどんなによかっただろう。 けれど、ニコの傍にいるなんて無理だ。 だってそれは俺が、俺の心が耐えられない。 きっといつか、ニコをこの手で抱きたいと願ってしまうから。 そしてそれを、実行してしまうから。 「これからもおまえとはずっと親友だ。 それだけは変わらない。 困ったことがあれば、なんだって云えばいい」 「……レンはなにもわかってないよ」 顔を上げたニコの目には、いまにも零れ落ちそうなくらい涙が溜まっていた。 抱きしめようと出しかけた両手を、ぎゅっと強く握り込む。 「ニコ……」 「もういいよ、レンには頼まない」 最後に俺を、レンと名前で呼んだニコの頬には涙が伝い落ちていた。

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