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6話
黒い斜めかけカバンから、ボイスレコーダーとクリアファイル――ノート、写真、診断書などが入っている――を出し、嵐から薦めてもらった弁護士との打ち合わせにのぞむ。
離婚すると周囲に根回しをし、迷惑をかけると謝ると、水臭い奴だとか、飲みに行こうと誘われた。仕事を持ち帰ったり、集中して取り組んだり。嵐を忘れるため、あの鮮烈な快楽を忘れるために、没頭した。
「皐月さん、俺と会わない間、何していたんですか?」
「仕事です、仕事。繁忙期前に少しでも片付けておかないといけないですからね」
「違う男引っかけてませんか?」
耳元で嵐がささやく。引っかけるわけない。
「なんで、嫌いな男をあの時受け入れたんですか?」
嫌いではない。でも、探偵が張り付いていたら、せっかく上手くいっている戦況がひっくり返される恐れがある。だから、言わない。
「ズルい大人だからね。欲求不満になるときもあるし、何もかも投げ出したくなる時だってあるんです」
「だから、俺に、」
「君も30歳を過ぎているなら、聞き分けがいい大人になりませんか?」
わざと突き放した言い方をした。なぜか胸が痛い。張り裂けそうだ。
「聞き分けいい大人になりますよ」
どこが聞き分けのいい大人だ、と思いながら、彼の家に連れ込まれた。今にも降りだしそうな空は真っ黒い雲に覆われ、蒸し暑い。
玄関に入った瞬間、ドアに両手をつくように指示され、また抱かれた。つながっているのに、寂しくて、苦しくて、つらくて、やり場のない想いを喘ぎ声にするしかなくて。
嵐に少しでも伝わってほしい。痛みで泣いているのか何で泣いているのかわからない。
「好きなんです。どこにも行かないでください。皐月さん」
痛いほど伝わる、独りにしないでという気持ちと好意。何も返せない既婚者の自分。
「ごめんね、嵐」
眠っている彼の髪を撫でてから、帰路に着いた。
音を立てながら降る雨はやみそうにない。
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