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第19話

 やっと、やっとだ。石と夏樹さんに接点が生まれた。  夏樹さんは追い詰められていた。そんな時に、青い石を拾った。この、なんだっけ、アズ、そう、アズライトを拾った。そして階段から落ち、生霊になった。  アズライトには霊的な力が宿るとかなんとか。それで魂だけこの石に入ってしまった。  ここまでは仮説が通る。問題はだ。  なんで、夏樹さんの入った石は、あの公園に置いてあったんだ?  夏樹さんを連れて、坂道を進む。まだリハビリ中の夏樹さんに、この獣道は少し辛いようだ。陽の傾き始めた街は少しずつ暗くなっている。本当は、後日にした方が良かったかもしれない。でも、どうしても連れて行かなければいけない気がした。  柊が戻らなくても仕方ない。それでも、全てのことを試してから諦めても遅くはないだろう。石のことはこれだけ遅れて思い出したんだ。柊の記憶も、何かのきっかけで戻ってくるかもしれない。  俺はどうしても、柊にまた会いたかった。  ひいらぎ公園は相変わらず閑散としていて、ベンチがかろうじて草に埋もれてないだけだ。柊の木の下の祠は相変わらずぶっ壊れていて、俺は大変申し訳ない気持ちになった。  そういえば、この祠を壊す前は、俺にも柊を見ることはできなかった。でも柊は外にいたようだ。つまりこの祠は、柊を封じていたというより、この石を封じていたんだろう。  今となってはなんとなくこの石が危ないもののような気はする。例え「消えて無くなりたい」と思っていたとはいえ、その魂を吸って閉じ込めてしまうような石だ。きっと何かしら謂れのある石なんだろう。  キョロキョロと周りを見渡している夏樹さんを、公園の中に招き入れ、俺はそっと、青い石を祠の跡地に置いた。 「ここが、清晴さんの隠し事に関係あるんですか?」  夏樹さんは不安げにしているばかりで、柊の記憶が戻る気配も無い。俺は諦めるつもりで、夏樹さんをベンチに座らせた。  あの日、柊と話をした時のように。二人でベンチに腰掛ける。 「……?」  夏樹さんはその時、ふと周りの木々を見渡して、首を傾げた。見れば、小鳥が二羽で仲良く囁きあっている。俺は夏樹さんに静かに語りかけた。 「春先に、ここで人と出会ったんです。白くて長い髪で、物静かで、白い着物を着た人と……」  今にして思えば。あれは、病院の入院着だったのかもしれない。体が着ているものだから自然に霊体でも着ていたのかも。当然、眠っているんだから裸足だったろう。 「その人は記憶を無くして、ずっと一人でここに居て……。色んな話をしたんです……。俺の話を聞いてくれて……ずっと側にいてくれて……、その人は俺にとって、大切な人でした。だから、どうしてもまた会いたいんです……」  夏樹さんは、柊と同じようにベンチに座って、俺を見つめている。 「俺は、彼に……柊という名をつけました。……夏樹さん……」 「……」 「何か……何か、感じませんか、……夏樹さん……」 「……?」  夏樹さんは、困惑したように俺を見た。そして、それから周りの景色を見る。薄暗くなり始めた公園の木々を眺めて、それからまた俺の顔を見る。 「ぁ……?」  夏樹さんは眉を寄せる。額に手を当てて、「んん」と苦しげな声を出すから、心配になると同時に、俺は鼓動が高鳴るのを感じた。  もしかして、もしかして。 「夏樹さん……?」  そっとその体に触れると、夏樹さんは、俺を見つめた。  その瞳から、何故だか涙が溢れている。 「………………柊……?」  恐る恐る、名を呼んだ。夏樹さんは、しばらく目を泳がせ、そして震える声で。 「……きよはる……」  そう呟いた。 「柊……!」  思わず名を呼び返すと、夏樹さんは、「きよはる!」と泣きながら俺を抱きしめてくれた。 「ああ! きよはる、私はあなたにどれほど寂しい思いをさせてしまったか……、どうして思い出せなかったんでしょう、優しいきよはる、私の大切なきよはる……!」  それは、夏樹さんの姿をした柊だった。  柊が、やっと帰って来てくれた。  俺は目頭が、胸が熱くなって、柊を抱きしめた。涙が止まらなかった。

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