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「こっちの話だよ、気にしないで。それで、青い鳥ってあれでしょ、公園で助けてくれたっていうバスケ少年」 「ああ。俺様を颯爽と助け、どこかへ去って行ってしまった男だ。名前も年齢さえもわからない。だが、俺様とあの男が互いの運命ならば、また出会えるはずだ」  だから、今までも探そうとしなかった。白金の力があれば、容易く見つかるだろう。しかし、それは運命ではない。強引に手繰り寄せそうとしてしまえば、赤い糸だとしても切れてしまう気がした。 「俺はミチルとそのバスケ少年が永遠に出会わなければいいと思っているよ」 「なぜだ」 「ミチルが好きだからだよ。バスケ少年に出会ってしまえば、ミチルはそれを運命と思い、恋に落ちてしまうかもしれない。それは、俺にとって堪えがたい苦痛だよ。ミチルが誰を見ていようと、俺はミチルしか見えないからね」  千昭は俺に救われたから、好きだと勘違いしているのではないのか。そう口にしたら、きっと違うと否定するだろう。だけど、もし俺があの時千昭を救わなかったら、これほど俺に執着することはなかったのではないか。群がる女の中から一番美しいものを選ぶ生活を続けて、もしかしたらその中に運命の女がいたかもしれない。そう思うと、あの時の俺の選択は正しかったのか、よくわからない。  外の景色はとっくに変わり、真新しい制服に身を包んだ新入生たちが歩いていた。どれだけ目を凝らそうと、そこにあのバスケ少年はいない。今まで出会わなかったのだから、そう都合よくいるわけがない。視線を千昭に移し「今日はバンド練習にちゃんと行けよ、日曜日ライブだろう。楽しみにしているぞ」と話を思いきり変えた。これ以上、青い鳥の話を千昭としても、お互いにとっていい未来が見えなかったからだ。 「ミチルがライブ観に来てくれるなら頑張るよ」 「もちろん行く。俺様は『音速エアライン』のパトロンだからな。早く大輪の花を咲かせてくれよ」  実力は申し分ない。ルックスのバランスもとれている。固定ファンも多い。一代目のベースから、二代目の千昭に変わったことで曲の幅も広がった。できうる限りの種は蒔いた。だというのに、いまだに芽さえ出ていない。原因はどう考えてもボーカルの音八と千昭にある。二人の実力が劣っているわけではない。やる気が圧倒的に足りていないのだ。 「一番綺麗に咲いた花をミチルにあげるね」 「お前、本当に咲かせる気はあるのか」 「ミチルが咲かせと言うのなら今すぐにでも」  俺のために咲かせ、などとは言っていない。千昭自身のために咲かせてほしいのに、どうしてわからない?  思いきり千昭を睨むと、車が停まった瞬間自分でドアを開ける。千昭は焦ったように「ミチルどうしたの」と目を見開くが、ふんっとそっぽを向いて飛び出した。 「俺様のためばかり生きようとするな、少しは自分のために生きろ!」  思ったよりも声を荒げてしまい、千昭は驚いたようにルビーの瞳を大きく見開いている。  どうして千昭といるとこうも子どものように感情が乱されてしまうのだろうか。王になる男が情けない。俺のせいで千昭が不安定になったらそれこそ困る。きちんと謝らなければ、でも今はどうにも冷静になれない。  謝るのは迎えに来た時にしようと決め、追いかけて来ようとする千昭を振り切って、通い慣れた百花学園の門をくぐった。  新入生代表の挨拶をするから職員室に来てくれと言われたが、その時間にはまだ早い。どうしたものかと視線を巡らせ、目に留まった先にあったのは体育館。そう都合よくいくはずがない。わかっている。それでも足は体育館へ向かっていた。 「……こんなに近くに青い鳥がいたのか」  ゆっくり体育館の扉を開けると、思わず息を飲んだ。  ダンダン、バスケットボールをつく音が響く。キュッキュッ、一人の青年が華麗なドリブルをするたびにバッシュが鳴る。キラキラと銀色の髪が光り、美しい放物線を描いたボールはバックボードに当たることなくゴールネットを揺らした。  ばくばくばく、全力疾走をした時のように心臓がけたたましく音を立てる。見間違えるわけがない。髪が黒から銀になろうと、鮮やかなシュートを決めたこの男は、俺の青い鳥だ。  青い鳥に振り向いてほしくて、わざと大きな音で手を叩くとさすがの反射神経で男は振り返った。  ああ、やっぱり、あの時のバスケ少年。しっかりとした太い眉、甘い垂れ目、厚ぼったい唇。小さな顔の中に大きなパーツが詰まっている。女が放っておかないだろう甘い顔立ち。あの時の少年が、そのまま大きくなっていた。 「うおっ! なんだよ意味わかんねーよ、いきなりでっけえ音立てんな! つーか誰? なに? ドッキリ?」  てんてんてんと転がったバスケットボールを拾い上げた青年は、ズカズカ大股で歩み寄ってくる。  誰とは、なんだ。まさか、俺のことを覚えていないのか。この俺を。一度見たら忘れられない美しさと言われるこの俺を。歩く絵画と称されるこの俺を!  じっと男を見上げていると、青年は俺の顔をまじまじと見つめガッカリした表情でため息を吐いた。

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