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新入生代表を務めるのは、これで三回目だ。
幼稚舎という名の初等部、中等部、そして今回の高等部。王になる男としては当然かもしれないが、百花は幼稚舎上がりが多い。俺の挨拶もそろそろ新鮮味に欠けているかもしれないと毎回不安を覚える。白金の男は「つまらない」なんて思われては困る。幼稚舎上がりから高校入学組まで、すべての生徒にとって「面白い」と前のめりになる挨拶をしなければと、背筋を正し登壇する。
会場が静かになるまで待つ。冒頭は静かに、ゆっくりと。スピーチの基本だ。ただ歩くだけで騒がれる美貌と自負していることもあり、会場はなかなか静まらない。それでも根気強く待ち、その間に会場全体を見渡した。
幼なじみの広尾五喜 は、相変わらず優等生の仮面を張り付けて笑っているが、眼鏡の奥で光る黒い瞳はいつもより楽しげに見える。まるで新しいおもちゃを見つけた子どものように。あとで笑顔の正体を聞くとしよう。
五喜のとなりに座るもう一人の幼なじみ、本郷七緒 の緑の瞳がバチリと俺の視線と重なると、小さく手を振ってきた。振り返すわけないだろうと思わず笑い、小さくウィンクをすると、七緒は「うっ」と声に出さずに口にして、ふわふわしたピンクの髪を揺らしながら胸元を抑えていた。なにをふざけたことをと口角を上げる。
全体を見渡す前に、会場がしんと静まる。ようやく始められるとマイクを手に持った。
「お前らは実に幸運だ。この俺様と同学年に生まれたことがいかに幸運なことか胸に刻めよ」
ゆっくりと、静かに、それでいて、ハキハキと。
高校入学組であろう生徒たちを見つめながらそう言うと「うおおおお」「三千留様ああああ」野太い雄叫びが聞こえてきた。見慣れた幼稚舎組の男どもにウィンクを飛ばすと、七緒のようにふざけるではなく、男どもはわりと本気で椅子から転がり落ちる。俺のせいで転ばせてしまって申し訳ない気分になるからやめてほしい。
「高校入学という節目、不安を覚える者も多いだろう。友はできるだろうか、勉強についていけるか、部活はどうしたらいいのか、悩みは尽きぬかもしれない。お前たちにとっては大きな不安かもしれないが、俺にとっては些細なものだ。だから、お前たちは俺様にただつき従えばいい、さすれば俺様が降りかかる火の粉を払ってやる。つき従わずに好き勝手にするのもまた一興。そうして砕けたとしたら俺様が拾い集めてやろう」
王らしく自信に満ちた笑みを浮かべ、生徒たちを――俺の愛する民を見つめる。さっきよりも大きな雄叫びが上がり、会場中に三千留コールが鳴り響く中、呆気にとられている一人の男が目についた。
高校入学組だろう褐色肌の美青年。焦げ茶色の髪は、ワックスさえつけていないというのにその美貌を損なっていない。
自分の美貌にまったく気がついていない腑抜けた表情をしているところが実に面白い。どこかぼーっとしていて、放っておけない雰囲気を醸し出しているから、きっと七緒が構いに行くだろう。七緒は孤独な人、寂しそうな人を見つけるとどうしたって放っておけなくなるから。
「お前らには俺様がついている。何事にも恐れるな。したいようにして、思うように生きろ。自分のために生きろ。一度きりの人生、中途半端に生きるなよ」
今朝千昭に言ったようなことを思わず口にしてしまったと笑う。鳴り止まぬ拍手喝さいを背に受けながら、マイクを置いた。
入学式を終え、打ち合わせに行かなかったことを謝罪してから教室へ。代わり映えのない連中ばかりだと思っていると「ちるちるー!」と七緒が手を振っていた。そのとなりには、腑抜けた表情を浮かべていた褐色の美青年がいた。さすが七緒と微笑んで、二人のほうへ歩み寄る。
「おうちゃん、この人がさっき言ってた俺たちのキングこと白金三千留! すっごい迫力でしょー美形すぎて目が痛いよねー。で、この褐色イケメンは神谷旺二郎 ! 放っておけないタイプだったからとっ捕まえた。ちるちるもおうちゃんのこと気にいるだろうなーと思って」
「ああ。一目見て面白いと思った」
旺二郎はぽかんと口を開いて、何度も瞬きを繰り返している。俺が美しすぎて言葉を失う者は多々いる、しょうがないことだ。
「……ミュシャの椿姫みたいだ」
ぽつりと旺二郎が呟いた言葉に、今度は俺が目を丸めた。絵画のように美しいと例えられたことはあるが、具体的な作品名を出されることは珍しいため、思わず小さく噴き出した。
アルフォンス・ミュシャ。美しい女性、優美で繊細な装飾が特徴的な画家。白い衣装を身に纏った美しい娼婦と、白い椿が描かれた『椿姫』はミュシャの最も美しいポスターのひとつとも言われている。
「そんな風に口説かれたのは初めてだぞ」
思いきり笑って、旺二郎の細い顎に指を添える。旺二郎は心底焦ったように「えっ、口説いてないよ」と明るい焦げ茶の瞳を泳がせるから、ますます声を上げて笑ってしまった。
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