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「おいお前の彼女どうなってんだよクソが!」 「あー男の勲章的なことでひとつ許してくんない? あかりちゃんも悪気があったわけじゃないし! 俺の彼女口説いたバチが当たったってことで!」 「口説く前に絡まれてんの助けてやったんだよこっちは! だからワンチャンいけるかなって思ったんだよ!」  廊下に出た瞬間、がやがやとうるさい。  まさか、もしかして。こんなところにいるわけがない。でも、確かにあいつの、青い鳥の声が。  足早に騒ぎの渦の中へ飛び込むと、焦げ茶の髪をがしがしと掻いて困っている空の胸ぐらを掴んでいる渋谷がそこにいた。やっぱり、と思わず笑ってしまう。渋谷の声でわかるとは、俺もなかなか気持ち悪い。  どうやって止めに入ろうかとしばらく二人を見つめていると、俺に気づいた空がいつも大きな緑の瞳をより見開いて「ミチちゃん! 俺の救世主ー! 助けて!」と すがるように呼ばれる。空の視線を辿った渋谷は俺のほうへと顔を向けると「げっ、なんでお前ここにいるんだよ!」とあからさまに嫌そうに眉を寄せた。  げっとはなんだ、げっとは。  つられて眉を寄せながら、まるでグーで殴られたように渋谷の頬が赤いことに気づく。口端にはうっすら血が滲んでいるように見えた。  あの空が、誰にでも優しい男が、殴るわけがない。もちろん渋谷は自分で自分を殴るような男ではないはずだ。ここにはいない第三者のストレートをまともに食らったのだろう。 「空、渋谷、とりあえず離れろ。なにがあった」 「こいつの彼女がいきなり俺を殴った!」「あかりちゃんを口説いてたからひっぺがそうとしただけー」  俺のほうを見た二人は同じタイミングでまったく違うことを言ってのける。  どこまでも笑顔の空、頬を腫らして怒っている渋谷。どちらも嘘を吐いていないのだろうけれど、渋谷はまるで言葉が足りないことがわかる。  ようするに、渋谷が空の彼女――あかりを口説いた。その現場に居合わせた空は二人を引き離そうとし、もしかしたら渋谷が空に殴りかかろうとしたのかもしれない。あかりは頭に血が上りやすい。愛する空のことになると特に。空に手を出そうとした渋谷にカッとして、渾身の拳をお見舞いしてしまったのだろう。 「渋谷、お前は空を殴ろうとしたのか」 「な、なんで見てねえのにわかるんだよ! お前怖えよ! 俺のストーカーかよ!」 「空が殴られそうになったのを見てカッとなったあかりに殴られた――違うか」 「さっすがミチちゃんだなー。ちなみにあかりちゃんはあまりにカッカッして、このままだと彼をフルボッコにしちゃう気がしたから客席に向かわせた。ナイス判断だろー」 「ナイスだ空――お前はとりあえず楽屋に行け。こいつは俺様がどうにかする」  でもと言いたげに空は俺を見つめる。まだ怒っている渋谷を放っていくのは悪いと思っているのだろう、どこまで優しいんだお前は。大丈夫と念を押すように微笑むと、空の表情にもゆっくり笑顔が戻っていく。 「りょーかい、ミチちゃんに頼んだ。えーっと渋谷くんだっけ? 俺の可愛い彼女が殴ってごめんね。だけど、人のものは取らない方がいいと思うよ! ぜったいバチ当たる!」  へらりと笑った空は俺たちに手を振り、廊下を駆け抜ける。しんと静まり返った廊下に残された俺と渋谷はちらりと視線を一度は合わせるも、なにを話せばいいかわからない。俺がどうにかすると言っておきながら、ノープランだなんて笑えないぞ、白金三千留。 「……とりあえず、冷やしたほうがいいと思うぞ」 「あ? うるせえよ、こんなのほっとけば治る。つーかお前、こんなとこでなにしてんの。クラシックしか聞かねえって顔してるくせによ」  クラシックしか聞かない顔ってなんだ。  思わず自分の頬をぺたぺたと触り「ロックも聞く顔だと思うが」とじっと渋谷を見つめる。 「いーや、上品な音楽だけ聞いてる顔してる」 「そんなことはない。クラシックも好きだが、ロックも好きだ。今日のライブを楽しみに今週過ごしたくらいだからな――渋谷こそどうしているんだ。ここは関係者以外立ち入り禁止だぞ」  ライブハウス『シーサイドナイト』は狭い。俺があまりライブハウスに詳しくないからそう思うのかもしれないが、ほとんど立ち見席しかないコンサートホールと楽屋が二部屋。楽屋へ向かう廊下は関係者以外立ち入り禁止となっているが、スタッフの人数がそれほど多くなく、ファンが警備の目を盗んで入ってくる。渋谷もそのうちの一人なのだろうか。だけど、音速エアラインのファンとは思えない。ファンならばさすがに空の顔を把握しているはずだ。 「今日来たのはバスケ部連中に誘われたからで、ここにいるのは……その、あー……好みの女が一人でいるから声かけようと思ってこっそり後つけたんだよ!」  眉間にしわを寄せながら渋谷はガシガシと髪を掻いた。好みの女――そういえば、渋谷は金髪青い目が好きと言っていた。目は茶色いが、あかりは金髪ポニーテールだ。気の強そうな美人で自分に自信のある男たちからよく声をかけられては返り討ちにしている。空いわく「あかりちゃんは元ヤンだからねー俺の前では可愛い子ネコちゃんだけど」らしい。 「こっそり後をつけて殴られたのか」 「ちっげえよ! チャラそうなバンドマンに声かけられてたから助けたんだよ!」  お前もたいがいオラついていてチャラそうだぞ。とは言えなかった。渋谷のことだ、きっと嘘は吐いていない。あかりに声をかけようと思ったことも忘れ、バンドマンから助けようととっさに動いていたのだろう。その役目を終えたら「そういえば口説こうと思ってたんだわ」と思い出し、あかりを口説いてしまうのがなんとも渋谷らしいと笑った。

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