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03
「……お前はやっぱり俺様の青い鳥だな」
「へーへー、言ってろ」
俺の悲しみに寄り添ってくれるお前は、誰がなんと言おうと青い鳥だ。きっと、渋谷にそんな気はまるでないだろうけれど。それでもいい。そこがいい。
乱暴な手つきで俺の背中を叩く渋谷に思わず笑うと「もやしっ子のお前には痛かったか」と顔を覗き込まれる。どこかいたずらっ子のように渋谷が笑うから、まじまじと眺めてしまった。そんな顔をして笑うんだなと背中に回した手を今度は渋谷の頬に添えて、これでもかと観察する。
「おっおい、首いてーんだけど」
「お前、可愛い顔をして笑うんだな」
「はあ? 白金に言われたくねーよ!」
「俺様の笑顔が可愛いということか? 当然だろう」
「女ならな! 最高に可愛かっただろうけどな! もう元気になっただろ、終わり!」
ぐいっと渋谷に胸を押され、抱擁タイムは強制終了。少し残念ではあるが、頭の中でこんがらがった糸が大分スッキリしたように思える。
「渋谷ありがとう」
「なにがだよ」
「俺様を慰めてくれたんだろう」
「ちげえよ! 暗い顔よりいつもの余裕こいてる顔のが白金っぽいと思って、ハグしただけだろ」
それを慰めると言うのではないか?
心の中で笑い「そういうことにしておいてやろう」と渋谷の顎を人差し指で突く。渋谷はみるみる顔を赤く染め上げ、無言で俺の髪をぐしゃぐしゃと掻き乱してくる。誰もそんなふうに俺を撫でたりはしないから、ほんの少し嬉しくなった。俺に優しくしようとしない渋谷の手はどこまでも優しい。
「おい白金」
「なんだ」
「お前、姉ちゃんとかいる?」
渋谷歩六という男はグングン上げた株を一気に暴落させるのが趣味なのだろうか。あかりもこんな気分だったのかもしれないと思いながら、にっこり微笑んだ。
「いるがレズビアンだぞ」
スマホに入っているにこりとも笑わない姉の写真を渋谷に見せると、俺と姉の写真を何度も見比べた挙句渋谷は深いため息を吐いた。
「美しすぎてため息が出たか? 残念だったな」
「……いや、べつに」
妙に歯切れが悪い渋谷の顔を覗き込むと、眉を下げ戸惑いを顔に滲ませている。
まさか、姉に一目惚れでもしたのか。
姉は俺によく似ている。顔も、背格好も。司いわく「三千留はキュートで統花 はクールだ」らしい。俺様がキュートという評価は置いておいて、姉がクールというのは納得だ。氷の女王も真っ青なレベルで姉の視線は鋭い。ウジ虫でも見るような目で男を睨み、女を見る目はとろけるほど甘い。俺は笑っている姉を一度だって見たことがない。
「姉に惚れたのだったらやめておけよ」
「いや、だから、そーいうんじゃねえし」
「じゃあなんなんだ。はっきり言え」
渋谷のネクタイをぐいっと引っ張り、視線を合わせる。黒い瞳が惑い、より垂れ下がる。なんだ可愛いなと口角を上げると、ぶわっと渋谷の頬が赤く染まった。
「顔が赤いぞ、風邪か」
「ちっっげえよ! おめーが可愛く笑うからだろ!」
「可愛いのは渋谷のほうだろう。この垂れた瞳は本当に愛らしいぞ」
ネクタイから渋谷の目尻へと指を伸ばすと、渋谷はビクリッと大げさに肩を跳ね上げた。
渋谷はハイパーノンケだから、男に目尻を触れられるのは気持ち悪かったのかもしれない。すぐに人の顔に触れるのはやめようと手を引っ込めようとすると、ガシッと渋谷に強く掴まれた。あの日も、公園で俺の手を引いてくれた時も、こんなふうに強く握ってくれた。あの時よりうんと大きくなったが、渋谷の手の温もりはなにも変わっていない。
「……お前の姉ちゃんより、お前のほうが顔は可愛いと思ったんだよ。あくまで顔はだけどな! お前の姉ちゃんは女つー時点でお前に勝ってるけどな! レズビアンだとしても!」
三千留はキュートで統花はクール。司はなにを言っているのだろうと思ったが、渋谷にとっても俺はキュートだったのかと小さく笑ってしまう。
「おい笑うなよ……クソ、顔だけは可愛いから腹立つわー、お前がもっとブスならなー、美人な男とか誰得?」
「誰得とは失礼な。お前だって俺様の美貌を拝んでときめくのだろう? 渋谷の役にも立っているはずだ」
「立ってねーよ! いや、お前の乳首でちんこは勃ったけど、役には立ってねーから!」
「そ、そんなことは聞いていない」
「そうだろうな! なんかわりーな!」
俺の胸でオナニーでもしていそうな勢いを感じたが、それ以上は聞けるわけがなく、どうにか話題をそらそうと腕時計を一瞥する。いつのまにか昼休みの時間になることに気づく。随分と渋谷と話し込んでしまったようだ、そのおかげでわずかな間でもカルメンのことを考えずにすんだ。
「渋谷、昼食はどこで食べるんだ」
「白金とは一緒に食べねーからな!」
「なぜだ」
「目立つからだよ! お前どこにいても目立つんだよ、お前のダチもよー、メガネ野郎は優等生のくせにクッソイケメンで目立つし、神谷とかハイスペックだし、本郷はチャラいけど紳士ってモテるしよー、なんなんだお前ら! 俺より目立つなよ!」
「お前も目立っていると思うぞ」
名門百花のバスケ部エース。その看板は学園の中心にいると言っても過言ではない。「あゆさん、試合になるとちょーカッコイイからね!」上野に夢中な七緒が興奮するほど、渋谷のバスケ姿は格好良いのだろう。
「俺は一番じゃなきゃイヤなんだよ、白金より目立ちてーの。だから一緒に飯は食わねえ! じゃあな!」
一番じゃなきゃ嫌、そういう姿勢は実にそそられる。
一度も振り返ることなく去っていく渋谷の背中を見守ってから、温室をあとにした。
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