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04
特別な日は送迎をすると言った千昭は宣言通り、五喜の誕生日は家からホテルまで送ってくれた。いつもだったら、運転席と後部座席の仕切りを開けているが、どうしても開ける気にはなれない。聞きたいことはやまほどあるのに。
ライブの日、キスをしていた女はカルメンなのか。カルメンとはずっと切れていなかったのか。そもそも、あの日、カルメンが千昭に銃を向けたのは壮大な痴話喧嘩だったのか。
それを聞いて、俺はどうするつもりなのだろう。俺は千昭の愛に応えていないのだからなにも言う資格はない。
綺麗にセットした髪を掻き乱したくなるのを必死に抑え、今回のために仕立てた真っ白いスラックスをぎゅっと握りしめる。
今日は五喜の誕生日だ、こんなにもやもやした気持ちでどうする。自分に言い聞かせ、五喜のために用意をしたプレゼントをスーツの内ポケットに忍ばせた。
なにも悩みなんてない、完璧な王を五喜の前で演じてみせよう。それが出来ずしてなにが王だ。
ふぅー、と息を吐くと車が停まり、後部座席の扉を千昭が開けてくれていることに気づいた。必死に取り繕っている顔を見られたかと思うと、心底恥ずかしい。王らしく表情を引き締め、車から降りてホテルの中へと向かおうとすると「……ッミチル!」戸惑いを隠せていない声で名前を呼ばれ振り返る。今にも泣きそうな顔をした千昭がそこにはいた。
「どこか寄るところがあるなら帰りは別の者に頼むが」
「ちがうよ、そんなわけないだろ」
「じゃあ、どうしたんだ」
どうして、お前が泣きそうなんだ。俺には千昭の気持ちがさっぱりわからない。もっと理解したいのに、泣いてほしくないのに。
そっと、手を千昭の頬へ伸ばそうとしてやめる。人の顔を触るのはやめようと決めたばかりじゃないかと、拳を握りしめた。千昭は俺の手を視線で追い、ますます悲しそうに顔を歪める。
「……ミチル、俺は」
大きな唇がなにか言おうと開いた瞬間、千昭のスマホが音を立てた。なかなか鳴り止まない着信音に「俺様に構わずに出ろ」とシャツの胸ポケットを指差す。渋々千昭はスマホを取り出すも、画面を見てルビーの瞳を見開いた。千昭の全身から伝わって来るのは、俺の前だと出られない相手だということだ。
千昭に背を向け、ホテルのほうへと歩き出そうとすると「ねぇ、ミチル」とまた名前を呼ばれた。
千昭の声がかたかたと震えている。もしかしたら、泣いているのかもしれない。だけど、俺に千昭の涙を拭う権利はきっとない。だから、振り返ってはだめだ。
今度は振り返らず、けれども足は止める。ゆっくり息を吸う音が聞こえ、思わず身構えた。
「……パーティー、楽しんでおいで」
きっと千昭が言いたかったことは、そんなことではない。それがわかっているのに、俺は「……ああ」としか返せなかった。
どう足掻いてもパーティーは楽しくなかったが、それでも五喜や七緒に悟られることなく無事に終えることができた。残りのミッションは帰りの車で五喜に誕生日プレゼントをあげ、五喜が望む場所へ連れて行くだけ。しっかりやり遂げるぞ、白金三千留。五喜に気づかれぬように小さく深呼吸をした。
電車で帰ろうとする五喜を後部座席へ乗せ、仕切りを開ける。五喜は目敏く運転席に乗っている千昭に視線をやり、仲直りしたんだとばかりに口元をにやつかせた。千昭も五喜の視線に気づいたのか、さっきまでの暗い表情はどこへやら満面の笑みを浮かべていた。
「Hej,イツキ! お誕生日おめでとう」
「千昭さんありがとう。ていうか久しぶりだね、運転手をクビになったのかと思ったよ」
クビというより、自主退職だと思うがな。
口からこぼれそうになる言葉を飲み込んで「そろそろクビにしようと思っていたところだ」と吐き捨てる。そのほうが千昭も幸せだろう。
「イツキー、俺の王様ヒドイと思わない? すーぐクビって言うんだよ」
むしろお前のほうから特別な日以外の送迎をやめたいと言ってきたくせに。
むすっと頬が膨れそうになるのを必死に堪える。五喜の前ではいつもどおりにしようと努めている千昭の意思を尊重したかった。
「僕は千昭さんの運転嫌いじゃないよ、なかなか刺激的で」
そうだな、俺も嫌いじゃない。心の中で頷いた。
ほかの運転手の運転は驚くほどつまらない。仕切りを開けようとさえ思わない。千昭との時間がいかに楽しかったか、今になってわかっても遅い。
「千昭が輝く場所はここではないと言っているだけだ」
舞台の上、もしくはカルメンのそばかもしれない。はっきりと口にせずとも、千昭には伝わると思った。
千昭は顔を歪めることなく、以前と同じように微笑む。
「俺が輝くのはミチルのそばだって何度言ったらわかるのかな。イツキだってそう思うでしょ」
そして、千昭は偽りの愛を囁いた。
きりきりと胸が締めつけられる。どうしてこれほど苦しいのか、俺にはよくわからなかった。
「そうだね、僕は二人が揃うと無敵だと思うよ」
なにも知らない五喜は微笑み、千昭も満足げに微笑んで車を走らせる。
どうしても俺は二人のように笑えない。今の俺には眉根を寄せて仕切りを閉めることしかできなかった。
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