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青い鳥は王を担ぐ_02
「それよりちるちる。ちいちゃんとはどうなの」
「どうとは?」
「しらばっくれる気?」
すっかり跡が消えた手の甲をトントンと七緒に小突かれ、今度は俺が眉を下げる番のようだ。
どうと聞かれても、最近はめっきり会っていないし、ラインや電話もしていない。真面目にバンド練習をしているといいのだが、なにをしているのやら。さすがにあんなふうに愛を囁かれたら、カルメンと切れていなかったなどとは思わなくなった。
「俺様と千昭はどうにもなっていないぞ。最近は会っていないし、なにをしているのかもさっぱりわからん」
「あー……そっか、そうなんだ」
どこか歯切れが悪い七緒に首を傾げていると「ちいちゃんのこと、バイト帰りに見かけたんだよね」頬を掻きながら七緒は言った。ただ見かけただけならば、そこまで言いづらそうにはしないだろう。
「……もしやブリュネットの女と一緒にいたのか?」
「えっ、ちるちるの知り合い? なーんだ、よかった、ちいちゃん浮気してる! ってちょっと焦ったから」
「そもそも俺様と千昭はつき合っていないから浮気にはならん」
「そーだけど! その美女がやたらとちいちゃんにくっついてて、ちいちゃん嫌だけど振り払えないって顔してたから妙に気になって」
カルメンは俺を地獄へ連れて行くと確かに言った。千昭を返せば許してあげるとも。
だから千昭は、俺から距離を置いてカルメンの元へ行ったのか? 俺になにも言わずに?
一度は千昭さえも殺そうとした女だ。今は俺を殺すと言っているが、なんのきっかけで千昭を殺そうとするかわからないというのに。
「……千昭は俺様を守るためにその女と一緒にいるのだと思う」
俺を守れるような男になると千昭に言われた時、いくらでも待ってるなどと言ってしまったせいだ。あの時、俺は守る側であって守られる側ではないと言えば、こんなことにはならなかったかもしれない。
悔やんでも悔やみきれず、ぎゅっと拳を握ると七緒がそっと手を包み込んでくれた。
「ちるちるとちいちゃん、その人の間でなにがあったかわからないけど、ちいちゃんはしたくてしてるんだよ」
「……したくて、している?」
「そうだよ。ちるちるのためというより、ちいちゃん自身のために。ちいちゃんって、ちるちるのために生きているように見えて、ものすごく自分に正直だよ。ちるちるが大好きだから、ちるちるのために生きているように見えるだけ」
いつか、千昭もそんなことを言っていたことを思い出して、自然と体の力が抜けた。
七緒の手を握り返し「それなら俺様もしたいように生きるだけだな」と笑った。一人で抱え込ませるものか。俺は守られてばかりの王ではないぞ。
「上野、一位は俺様がもらうぞ」
同じ赤組だろうと、俺様は負けん。お前にだけはな!
個人的な嫉妬心を隠しながら、同じ組で借り物競走に出場する上野を見つめる。
スポーツマンらしい短い黒髪、意志の強さを感じるしっかりとした眉。漆黒の闇に似ているのに、どこまでも光を感じる黒い瞳。どんな時でも笑っている薄くて大きな口。どのパーツを切り取っても、上野からは爽やかな好青年らしさが滲んでいる。
「俺もぜってえ負けねえよ。なんてたって、一位になったら、旺二郎とラインのID交換できるしよ!」
ニカッと上野は白い歯を見せて笑った。
俺たちより前の組で走る旺二郎と上野は賭けをしていた。上野が勝てば、旺二郎とラインのIDを交換できる。旺二郎が勝てば、あとで考える。どこまでもノープランなのは旺二郎らしいといえば、らしい。別々の組で走るのだから、勝敗はどこで決めるのやら。
「旺二郎も一位、上野も一位だった場合はどうするんだ?」
「引き分けってことで、両者の願いを叶えたらいいんじゃねえの? そこは臨機応変に!」
「なんて緩い勝負なんだ」
それにしても、そこまで上野が旺二郎に執着するとは思わなかった。賭けの対象にしてしまうほど。
旺二郎はどこか放っておけない男だ。黙っていればまるで彫刻の美しさを誇るのに、話すとどこかぼんやりしている。親しくない人に対してははっきり意見を述べることができない。反対に上野は豪快な男だ。持ち前の強引さですっかり旺二郎に嫌われていると思ったが、最近はどうも違うようだ。ほんの少しではあるが、旺二郎と上野の距離が近づいている。
「上野は旺二郎とどうなりたいのだ」
「どうってなんだよ、俺は旺二郎と仲良くなりてえ、ただそれだけ!」
二人が仲良くなって、万が一旺二郎が上野に惚れてしまったら、七緒はどうするのだろう。
旺二郎はぼんやりしている。だけど、一度親しくなるととことん距離を詰める。攻めに回った旺二郎は、どこまでも強くなれる。
対して七緒は誰に対しても社交的で明るい。物怖じせず、それでいて気配りができる。気配りができすぎるからこそ、上野に踏み込めないでいる。
どう考えたって、七緒が傷つく。傷ついた七緒に旺二郎が気がついた時、旺二郎も傷つくかもしれない。旺二郎が上野に惚れないように祈るばかりだが。
チラリととなりに立つ上野を見つめる。眩しいくらいにまっすぐな男だ。これほど美しい魂を持つ上野に嫉妬をしている自分が恥ずかしくなるほどに――俺があれこれ悩んでもしょうがない。傷つくことを恐れて恋愛をするやつなどきっといない。それならば俺は、愛する民を見守るのみだ。
「上野、お前が旺二郎とどうなるか、しかと見守らせてもらうぞ」
上野は「おう、見守ってくれよな!」とのん気に笑った。聡い男だ、俺がどう思って『見守る』と言ったのか、わかっているだろうに。素知らぬふりして笑うのだから、この男、単純なようで複雑怪奇だ。
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