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青い鳥は王を担ぐ_03

「噂をすれば旺二郎頑張ってんなー、歩六は風みてえだわ。さすが我らがエースだわ」 パンッとスターターピストルの音とともに、渋谷が風のように飛び出した。その次に旺二郎が続く。  単純な徒競走ならば渋谷の圧勝だろう。けれどもこれは借り物競走。百花のお題は体育祭実行委員の独断と偏見で決まり、毎年生徒を苦しめている。渋谷の口が「げっ」と動いたことが、俺の目から見てもわかった。なかなか大変なお題であることがそれだけでわかる。スマホを持っていたら、今の渋谷を連写したのに惜しいことをした。 「渋谷はそれほどすごい選手なのか」 「今度見に来いよ、すごすぎて惚れるぞ」 「そういう上野は渋谷に惚れてるのか」 「まさか!」  それなら俺も惚れないな。  小さく笑い、渋谷に続いてお題の紙へとたどり着いた旺二郎を見つめる。「えっ」旺二郎の口がそう動いたのがよくわかった。 「歩六も旺二郎も渋い顔してんなー、毎年意味わかんねーもんな借り物競走のお題」  まだまだ走る番は来ないというのに、上野は屈伸を始める。たいした距離はなくとも、走る前はストレッチを欠かさない。上野のアスリート精神に思わず感心しながら「高等部は中等部よりも変なのか」と聞く。 「すっげー変だぜ。去年なんか死んだ目をした人をおんぶってお題でてよ、俺木場潤(きばじゅん)のことおんぶしたから」 「木場潤にお題の内容は教えたのか」 「教えたらすっげー笑ってた」 「木場潤らしいな」  今も木場潤は死んだ目をしてスターターピストル片手にお題に苦しんでいる旺二郎たちを見ている。  ダークブラウンの真ん中分けという実に清潔感のある髪型をしているわりに、木場潤と清潔感はどうにも結びつきそうにない。目の下のクマがとれている日を見たことがないほど、いつも疲れた顔をしている。生徒からは人気がある不思議な男だ。いかなる状況で瞳が輝くのか、見てみたくもある。 「旺二郎がこちらに向かって来ているぞ」 「マジだ、お題探し的な?」  視線を木場潤から旺二郎へと移すと、紙を握りしめ、全力でこちらに向かって走ってきた。  運動は得意ではないと語っていたけれど、旺二郎のフォームは美しい。その姿に女は見惚れ、男は嫉妬なんて起こせないだろう。 「バスケ部部長とかかもしれないな」 「それ、ピンポイントすぎるだろ! 白馬の王子様とか?」 「それこそ俺様以外ありえないじゃないか」  かすかに肩で息をした旺二郎は、上野の前で足を止めた。二人の会話に参加するのは野暮だと眺めるだけに留めておくと、そのうち旺二郎は上野の手を掴んでゴールへ向かって走り始めた。  その姿はあまりに眩しい。青春の一ページを覗き見しているようで照れくさくなる。思わず目を細めると「白金!」と叫ばれ、はっとした。気がついた時には渋谷が目の前に立っていた。 「渋谷じゃないか。試合を放棄したのか」  そう口にしてみたものの、渋谷の瞳には微塵も諦めが浮かんでいない。 「するわけねえだろ! お題が、マジであれすぎて放棄してやろうかと思ったけど、俺借り物競走だろうと負けたくねえんだよ! だから白金、俺と一緒に来てくれ! つーか、来い!」 「お題を教えてくれたら――おっ、おい、なにをする!」  お題を教えてくれたら、一緒に行ってやってもいいぞ。  にっこり微笑んで言ってやろうと思ったのに、いきなり体が宙に浮いて声が上擦る。  どうして俺は渋谷に姫抱きされているんだ。なにが起こっている? 俺は姫ではなく王だ。もっと王らしく運べ! 王らしくがどんな運び方がわからないが、もっと、違う感じのあるだろう!  文句を言おうにも、わっと観客席が沸いて、生徒たちの視線を一斉に感じるから表情を作らざるを得ない。  俺は完璧な王、民へと笑顔をふりまくパーフェクトな王。必死に自分へ言い聞かせながら「おい渋谷、お題はなんなんだ」と渋谷を見上げた。 「あー、あとで言う! だから、今は勝つことだけを考えさせてくれ!」  俺を一瞥した渋谷の黒い瞳に宿るのは、勝利への執着。そして、俺を落とさないように気遣う姿勢。  前の渋谷だったら、こちらを見ようとせず、俺の言葉を完全にシャットアウトし、落としたって構うものかとひたすら全力で走っていたはずだ。懐くはずのない野生動物が、ほんの少し距離を縮めてくれた、まさしくそんな気分になる。渋谷に言ったら怒られそうだが。  旺二郎と上野にはどう足掻いても追いつきそうにない距離だ。それでも、渋谷は勝利を求めている。それならば、俺のすべきことはただひとつ。 「わかった。俺様がお題なら負けるな、勝て! 手稲に運ぶ必要なんてない、もっと速く走れ!」 「言ってくれるじゃねえか王様! 落ちねえようにしっかり掴まってろよ!」  渋谷の首へとしっかり両腕を回し、ただ前だけを見ると渋谷がふっと笑う音が聞こえた。  渋谷に姫抱きされている俺の写真が校内新聞の一面を飾ることになるが、今の俺たちはもちろんそんなことは知らず、ほとんど僅差で二番目にゴールを決めた。

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