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青い鳥は王を担ぐ_04

「あーー、クソ、あとちょっとだったのによーー」  はぁはぁ、渋谷は肩で息をして悔しそうに顔を歪める。もうゴールしたのだから俺のことを下ろしていいはずなのに、俺のことを姫抱きしている事実を忘れているのか、渋谷は俺を抱いたままだ。 「しかし、僅差だったぞ。よくやった」 「僅差でも二位じゃダメなんだよ! 白金だって何事も一位がいいだろ? むしろ一位じゃなきゃダメだろ?」 「そうだな、俺様の辞書に二位や二番の文字はない」 「だろ?! 俺の辞書にもねえんだよ。あーー、悔しいけど、まあ、俺の判断が遅かったな、もっと早くお前んとこ行ってたら勝てた。お題見たとき、げっ、最悪かよって思ったんだよ」  ほらよとぐしゃぐしゃになった紙を向けられる。渋谷の首から腕を退け、お題が書かれているであろう紙を受け取ると軽く噴き出してしまった。 「こんなお題、お前一択じゃねえか。実行委員の誰かがお前をお姫様抱っこしたかったんじゃねえの?」  ぶつくさと呟く渋谷はなぜだか眉根を寄せているから、ますます笑いがこみ上げてしまう。  紙に書かれていたお題は『学園で一番の色白金髪美人をお姫様抱っこ』。渋谷の中での俺は学園で一番の色白金髪美人なのか。 「こういうお題ならば異性を連れて行くものじゃないか?」 「は? 男や女ひっくるめて、お前が学園で一番の色白金髪美人だからしょうがねえだろ! わかれや!」 「なかなか可愛いことを言ってくれるじゃないか、ハイパーノンケの渋谷」  にっこり微笑んで、するりと渋谷の首に再び腕を回した。俺の顔に弱いんだろう? 知っているぞと意地悪く口角を上げると、渋谷は思いきり眉間にしわを寄せながら顔を真っ赤にしている。照れているのか、怒っているのか、たぶん両方だ。 「おっっまえ、ほんと顔はありよりのありだからって俺のことおちょくんな! キスすっぞ!」 「できないくせに」 「あ?! わかんねえだろ!」 「ハイパーノンケは男にはキスをしないものだぞ。俺様にキスをした日、つまりそれはお前がハイパーノンケの看板を下ろす日だと思え。そもそも俺様はお前に唇を許さないがな」  別に千昭にも許したつもりはないが、あの時はどうしても唇にしたかった。千昭を愛しているのかと問われたら、なんと答えたらいいのかいまだにわからない。それでも、あの時確かに口づけをしたいと思った。  だけど、渋谷に対しては口づけをしたい、されたい、などの感情は起こらない。確かに渋谷のことは好きだ、可愛く思うし、大切な青い鳥だ。だからこそ、渋谷にキスの安売りなどしてほしくはない。本当に渋谷が愛している人にだけ、キスをしてほしい。  じっと渋谷を睨むと、渋谷の喉がひくりと動いて眉が下がった。  もしや、言いすぎてしまったか。今の渋谷は飼い主に叱られ、しょんぼりしている犬のように見える。上野にしか見せなかったであろう表情を少しずつ俺にも見せてくれている。俺を信頼し始めている渋谷に対して、真っ向から拒絶するようなことを言ってしまった――五喜が言っていた言葉「知らないからって傷つけていいなんてことはないんだよ」がぐるぐると頭の中を巡る。 「……すまない、そんな顔をさせるつもりはなかった。お前だからキスが嫌だと言うわけではない。俺様は渋谷の唇を、キスを安売りしてほしくない。お前はもっと自分を大事にしろ」  ふにっと渋谷の唇を人差し指で押した。少しカサついているところが渋谷らしいと笑うと、渋谷は「……お前といると調子狂うわ」と少し困ったように笑った。 「それで、渋谷はいつまで俺様を姫抱きしているつもりなんだ? そんなに俺様の抱き心地はいいのか?」 「ちっっげえから! 忘れてただけ! お前がもやしみてーに軽いからだよ!」  何度渋谷にもやしと呼ばれたか。  思わずむすっと眉を寄せると「俺ばっか拗ねてたからお返しだよ!」渋谷は子どもみたいに笑い、びっくりするほど優しく俺を下ろしてくれた。本当のお姫様相手にするように。 「つーか、お前も走るんだろ? バスケ部エースとか、三年のイケメンとか書いてあったら俺んとこ来いよ」 「バスケ部エースはピンポイントすぎる」 「俺のお題だってすっげーピンポイントだったんだよ! そんぐれーありえるだろ!」 「そうか? 自分にとっての学園で一番の色白金髪美人を連れて行けばいいのだろう? それほどピンポイントに思えないぞ」  百花はセレブ学校と言われているが、校則は緩く生徒の自主性を尊重する。髪色は黒でなければならないという決まりはないし、観客席をざっと見渡すだけで金髪はそこかしこにいる。きっと渋谷と同学年にも色白金髪美人はいるだろう。 「……ピンポイントだろ、どー考えても。お前以外ありえねーよ、色白金髪美人」  渋谷の大きな手にわしゃわしゃと髪を乱される。せっかく七緒にしてもらった猫耳ハチマキがぐしゃぐしゃになるじゃないかと唇を尖らせると、渋谷はすっかり上機嫌に笑っていた。 「とりま、借り物競争頑張れよ。お前は一位とれよ、お前は俺たちの王様なんだろ。だったら、一位しかねえだろ」 「ああ、俺様には一位以外似合わない。相手が誰であろうと頂点に立つのは俺様だけだ――渋谷、観客席に戻るなよ。お前がお題だった時に借りに行きやすい位置にいろ」 「へーへー、わかりましたよ、王様」  渋谷は俺の肩を叩いて笑った。どんなお題でも無理やり結びつけて渋谷の元へ走ろうと誓い、借り物競走の列へと戻る。  実際のお題は『銀髪イケメン』。頭の中で千昭と渋谷の顔が浮かぶが、ここにはいない男を連れては来られない。渋谷の手を掴んで、一位でゴールテープを切った。

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