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王に唄えば_02

 人でごった返している客席しか見たことがなかったが、今日は俺とカルメンしか立っていない。俺たち二人へのスペシャルライブだから当然だが、いつもは狭く見えた客席がこれほど広いとは知らなかった。  いつものように壁へ背中を預ける。となりにあかりがいないから、少し変な気分だ。あかりにもいてほしかったが、万が一のことがあった時、あかりは俺を守ろうとするかもしれない。それだけは避けたかった。だから、あかりがいなくて良かったはずだ。  少し緊張している俺をカルメンは一瞥することなく、反対側の端へと立った。こんなに広いのに、客二人は壁際だなんて音八が笑いそうだなと思いながら、舞台を見上げる。 「今日は客少ねぇなー。しかも二人とも壁際ってマジかよ笑える」  いつもは一番最後に出てくるはずの音八が、千昭愛用のベース片手に舞台へ上がる。続いて、ギターを手にした隼人、ドラムスティックを持った空。  どうして音八がベースを。「歌いながら弾くとか器用な真似できねぇから。俺の武器はこの声だけだ」と音八はいつだってマイクを握りしめて戦ってきた。その音八がどうして、千昭のベースを持っている?  音八は俺に視線をやると、にやりと口角を上げていつもは千昭がいる場所へ立つ。センターに立っていない音八を初めて見た。いつもと違う立ち位置だと俺のほうがそわそわと落ち着かなくなる。だけど、音八は、隼人に空はいたって冷静で晴れやかな表情をしている。 「でも今日来た客はラッキーかもしれねぇな。いや、アンラッキー? ま、どっちでもいいや、今日歌うのは俺じゃねぇ、千昭だ」  え、と音八の言葉に声を上げそうになった。  舞台袖から最後に現れたのは、覚悟を決めた表情をしている千昭。千昭はゆっくりとセンターに立つと、スタンドマイクに手を添えた。まるで神へと祈りを捧げるように――いや、王かもしれない。王へと忠誠を誓う騎士のように、千昭はスタンドマイクを握っていた。 「初めてセンターに立つから少し、ほんの少し緊張するよ。オトヤにライブをしようと言われた日から、どうしても俺に歌わせてほしいって我儘を言ったんだ。みんな、いいよって許してくれた。オトヤはほんの少し文句を言っていたけどね。俺、楽器弾けねぇんだけどってね」 「おい、それ言うんじゃねぇよ!」 「でも、本当のことだろう?」  千昭と音八が笑うと、隼人と空まで声を上げて笑った。四人が舞台の上で心から楽しそうに笑っている。まるで昔に戻ったような光景に視界が滲む。  王はなにがあっても泣いてはいけないと姉にきつく言われてきたのに、俺は自分でも自覚しているが存外泣き虫だ。そして、それほど強くない。きっと王の器ではないのだろう。だけど、それでも俺が王を目指すのはみんなが俺を王だと信じてくれるからだ。だから、泣くのはやめよう。必死に前を向いて笑ってやろう。 「いやー、音ちゃんマジ下手くそでヤバかったよね」 「やっぱ音八には歌しかねえんだなって思ったし」 「ソラとハヤトまでうるせぇ! 聞かせられるレベルにまでなっただろうが!」 「まー、ギリギリ聞かせられるレベルだよなー。俺としてはいつもどおり楽しくドラム叩くだけだよ」  いつでも準備はオッケー! 満面の笑みを浮かべた空はドラムを軽やかに叩く。それに続くように隼人がギターを激しくかき鳴らし、音八はほんの少しぎこちなくベースを鳴かせた。千昭はしっかりメンバーと視線を合わせて頷き、真っ直ぐに俺を見つめてきた。  おい今俺を見るな。泣きそうなのを必死に堪えているところなんだ。  思わずむすりと眉を寄せると、千昭はふっと笑った。不機嫌な俺を見て笑うとは酷い男だと頭では思っているはずなのに、表情はすっかり緩んでいるから不思議だ。 「音速エアラインのどの曲を歌っても、それは今日歌うべきものではないと思ったんだ。だから、今日のために曲を作った。いや、曲自体は俺の王様が作ったものを俺なりにアレンジしたものなんだ」  俺が作ったもの? 俺がいつ曲を作った?  首を傾げ、はっとした。まさか、ニューヨークの別荘で俺が思いついたまま弾いた曲。あれはただの即興だ。また弾けと言われても、同じものを弾けるわけがない。そんな曲とは呼べない代物を、千昭は覚えていたのか。  お前はどこまで俺のことが好きなんだろう。どうして俺なんかを好きでいてくれるのだろう。ちっともわからない千昭のことが、その曲を聞けば少しはわかるようになるのだろうか。いや、わかりたい。千昭のことをもっと知りたい。知らなければいけない。だから、今はただ黙って千昭を見つめよう。  ゆっくり千昭が息を吸う音さえマイクは拾い上げる。静かに吐かれた吐息とともに千昭はカルメンへと視線を向けた。その視線には強い意志を感じた。 「……俺がカルメンと一緒にいることが、ミチルを守ることができる唯一の方法だと思っていた。だけど、それは根本的な解決になっていないということに気づかされた。オトヤが真っ向から立ち向かえと言ってくれなければ、俺はいつまで経っても愚かな行為をしていたと思う。カルメン、きみも気づいているだろう? 俺の心はきみにないことを。きみのことを愛していないのに、ただミチルからきみを遠ざけるために一緒にいたなんて失礼な男だよね。だから、もう逃げるのはやめるよ」  さっきまで日本語で話していた千昭は、カルメンのために英語で言葉を綴る。音八が「なに言ってんのかさっぱりわかんねぇけど、なんとなく伝わったわ」と笑い、千昭の肩を叩いた。  あの日、カルメンに銃口を向けられた日から、俺たちは根本的な解決に至っていなかった。事態を先延ばしにしてカルメンと向き合おうとせず、楽なほうへと逃げていた――音八の言葉が、俺に、千昭に勇気を与えてくれた。そうだ、もう逃げるのは終わりだ。

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