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王に唄えば_04
「お前は馬鹿か! 千昭は光へ変えてみせようと歌っていただろう? カルメンの心の闇を光に変えたい、千昭はそう歌っていたんだ! だからカルメン、こんなところで死ぬな。闇と光は表裏一体だ、大丈夫、お前の闇は光になる。時間はかかるかもしれない。それでも、カルメンが前を向こうとするならば、俺様はお前に手を差し伸べるぞ」
だから、この手をとれ。
カルメンの目を見て、手を差し出す。彼女はゆっくりと視線を俺に合わせると、一筋の涙をこぼした。
カランと包丁が落ちる音がしたけれど、彼女はふるふると首を横に振り俺の手をとろうとしない。
「……あなたの手をとる資格は私には、ない」
資格? そんなものは必要ない。俺はすべての民へ手を差し伸べるぞとカルメンへ手を伸ばそうとして、やめた。俺のとなりに千昭が立ち、カルメンに向かって手を差し出したからだ。
「俺はきみをたくさん振り回した。だから、俺の手をとる資格はあると思うよ。俺はきみのことを愛することはできないけど、友として手助けすることはできるから」
「……あなたたち、どこまでお人好しなの」
悲しみに暮れていたカルメンの表情がかすかに緩むと、音八に隼人、空たちも舞台から下りてくる。ずらりと音速エアラインのメンバーが並び立ち、カルメンに向かって手を差し伸べた――本当にどこまでもお人好しで愛すべき民だ。
「なに言ってっかわかんねぇけど、とりま手差し伸べておこうと思って。三千留刺したらぶっ殺すとこだったけど、そういう展開にもならなかったわけだし? ま、許してやる的な。三千留に千昭、今の訳すなよ!」
「じゃあ俺が訳してやろうか」
「ハヤトも訳すな!」
「それなら俺もって言いたいとこだけど、英語わかんなーい」
「安定の空さん」
がやがやと日本語で騒いでいるのに、カルメンは頬を綻ばせた。その瞬間、みんなでカルメンの手を掴む。やっと捕まえた。ダークブラウンの瞳に戸惑いが浮かび、次に喜びの涙が滲みだした。
「……私、やり直してもいいの? たくさん迷惑をかけて、恐怖を与えてしまった私を、許してくれるの」
「迷惑をかけずに生きている民など一人としていない。どんどん迷惑をかけろ。失敗から学べ。自分のことを許して、愛してやれ。お前がお前のことを許してやらなければ、なにも始まらないぞ」
包丁を靴で蹴ってから、カルメンの手を強く掴んで抱きしめる。ヒールを履いていなくとも俺より背の高いカルメンをほんの少し羨ましく思いながら、その細い背中をとんとんと叩く。最初こそ戸惑っていた彼女は、ゆっくり俺の背中に震えている腕を回すとわんわん声を上げて泣いた。それから千昭が俺とカルメンを抱きしめ、音八たちも続く。なんて優しい夜だと思わず目を瞑った。
「あー……久しぶりの我が家だ」
部屋に入った瞬間、後ろから千昭に抱きしめられる。久しぶりに感じる千昭の温もりに、どうしてだろうかばくばくと鼓動がうるさい。今までこんなことを感じたことはなかったのにと俯き「ここはお前の家ではないぞ」と誤魔化すようにまくし立てる。
「ミチルがいるところが俺の我が家なんだよ」
体がふわりと宙に浮く。千昭に姫抱きされているのだと気づき、思わず千昭を睨む。「怒った顔も可愛いね」ふふと千昭は笑い声を上げ、俺の額にちゅっと口づけを落とした。今まで千昭にキスをされても、いつもの挨拶としか思わなかったのに、キスをされた額がじんじん熱くなる。
ふつうにしなければ、王らしくあれ、自分に何度言い聞かせても、今までどんな風に千昭からのキスに対処していたのか思い出せない。ふつうとは、王らしくとは、なんだろう。
千昭にベッドへと運ばれると、今度は真正面から隙間なく抱きしめられる。くっつき虫かお前は。さっきからやたらとべたべたと、俺から離れたくないとばかりに。ばくばくうるさい心臓に気づかないふりをして、千昭の背中へと両腕を回した。カルメンの細い背中とは大違いだ。広くてたくましい男の背中。
「……カルメンのことを、忘れた日はなかった。もちろん良い意味ではないよ。ライブが始まる前、カルメンが訪ねて来てぞっとした。ミチルと客席で鉢合わせたらなにをするかわからないと思ったから、俺のことは好きにしていいから、ミチルにだけは手を出さないでくれと懇願したんだ」
ライブ前に千昭が楽屋にいなかったのは、カルメンと話していたからなのかと納得した。その時、俺を守るために俺から離れる覚悟をしたのだと。俺になにも相談をせずに、一人で勝手に。千昭の背中を拳で思いきり叩くと「痛いよミチル」と千昭は甘ったれた声で笑った。
「俺様を守るために、自分を犠牲にしようとするな」
「うん」
「千昭は勝手だ。ライブで最高のパフォーマンスを見せてくれたからたくさん褒めてやろうと思って楽屋へ行けば、カルメンとのキスを見せつけてくると来た。天国から地獄へ叩き落とされた気分だ」
「……うん」
「五喜の前で平然と笑っている姿にも腹が立った。俺様の気も知らないでと腹が立ったんだからな」
何度も何度も千昭の背中を叩く。そのたびに千昭は優しく頷いて、俺の背中を撫でてくれる。あまりにその手が優しいからぼろぼろと涙がこぼれて止まらない。これほど泣くのは今日だけだ、明日からはもう泣いてたまるか、だから今日だけは存分に泣いてやると涙を拭わないでいると、千昭の唇が俺の涙を掬い上げた。
俺一人で怒って、泣いて、千昭は余裕の表情。ますます腹が立ち、今度は千昭の胸ぐらをドカドカ本気で叩いた。俺の拳まで痛くなるほど。千昭はやっぱり笑っているけれど「そんなに叩いたら、ミチルの美しい手が赤くなっちゃうよ」と俺を心配して手の甲に口づけを落としてくる。
どうして、お前はそんなに余裕なんだ。俺ばっかり必死になっているみたいじゃないか。
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