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王に唄えば_05
「……千昭は俺様を守る盾なのだろう。それなら、ずっと俺様のそばにいろ。もう俺様から離れるな。俺様を守るために離れるなんて本末転倒だぞ、これは王の命令だ」
ぐしゃぐしゃみっともない顔で千昭を見上げる。あまりに俺の顔がぼろぼろだからか、千昭は困ったように眉尻を下げた。いつもならば瞬時に「Yes, Your Majesty.」と返してくれるはずなのに、千昭は痛いほど強く俺を抱きしめてくる。もやしみたいに細いわけではないが、千昭の腕の中で潰れてしまう気がして、「痛いんだが」と軽く胸を叩く。頭上から千昭のため息が聞こえた。
「……そんな可愛い顔で言われたらたまらないんだけど」
「どこがだ。今の俺はきっとぐしゃぐしゃでみっともなくて汚い顔をしているぞ」
「俺のために泣いてくれているミチルがみっともないわけないよ、可愛くて、可愛くて、たまらない。このまま食べちゃいたいくらいだ。ねぇ、食べてもいいかな?」
食べていいわけないだろう。
そう口にするより早く、千昭の指先が俺の顎をするりと撫でると、やわらかくて大きな唇が俺の唇を食む。口づけと呼ぶには優しくない。本当に千昭に唇まるごと食べられてしまっている。
驚いて千昭の肩を強く掴んだつもりがまったく力が入らず、弱々しく添えているだけ。千昭の腕が背中へと回り、どこまでも優しくベッドへと押し倒された。キスは優しくないのに、そういうところはとろけるほど甘い。
「ん、ぅ……っ、ぁき、……ッ」
千昭の肩を掴んでいた手はすっかり力が入らない。ベッドへと手が落ちる前に千昭に掬い上げられ、今や千昭ときつく繋いでしまっている。ただ、重ねるだけの繋ぎ方ではなく、俺の指と千昭の指がねっとりと絡んで離れそうにない。
ちゅう、と何度も唇に吸いつかれ、キスの合間に手の甲をいやらしく撫でられたら、キス偏差値ゼロに等しい俺に抗う術はない。あまりに、あまりにも、気持ちいいから、抗うことができそうにない。とろとろ、体の力が抜けているのに、千昭から与えられる口づけにはじくじくと体の奥が熱くなる。これが、本当のキスなんだと実感させられる。
キスの仕方なんて誰も教えてくれなかった。教科書にも載っていない。それならば、どうやってみんな学ぶのだろう。いきなり実戦するのか? あまりの心地よさに酔いしれて頭がふわふわするから、次のキスにちっとも活かせる気がしないぞ。
「俺だけの王様、次はどうしてほしい? 俺は、一日中でもキスをしたいな、ミチルの美しい体中にキスをして、とろとろにしてあげたい」
「っ……だ、だめだ、そんなの」
千昭の大きな手が、するりとシャツの中に入る。腰を、くびれを、腹を、熱を孕んだ千昭の手に撫でられると、ぞくぞくと背筋に快感が走った。たったそれだけのことがこれほどに気持ちいいなんて、知らなかった。だけど、これ以上許したらだめだ。ずるずると快感に流されてしまうなんて、ちっとも王らしくない。
「どうして? ミチルも気持ちよかったでしょ? 俺、もう我慢するのはやめようと思って。ミチルが目の前にいる時は惜しげもなく愛を囁いて、俺がどれだけミチルを愛しているかミチルの体に教えてあげたい」
「っんン……っひ、ぁ……っ!」
確かに気持ちいいが、我慢はしろ!
首筋に何度も口づけを落としてくる千昭の髪を掴んで引き剥がそうとした瞬間、千昭の長い指先が胸の突起をすりすり擦ってくる。
「ふ、ぅ……っぁあ、あ……っば、か、……っや、ぁ……っ」
ただ擦られているだけだ、男にとってなんの役に立たないただの突起だ。それなのに、千昭が執拗に突起を擦るから頭が変になる。
どうしよう、そんなにされたら突起が立ってしまう。迫りくる快感からどうにか逃れようと眉根をきつく寄せると、ちゅうと首筋に強く吸いつかれ、人差し指と中指で優しく突起を摘まれた。相反する快感を同時に植えつけられたら、経験値ゼロに等しい俺は対処しようがない。びくんとベッドを蹴り上げた片足さえ千昭に掴まれ、太腿をすりと弄られる。
首筋に、突起に、次は太腿、いっぺんに触りすぎだ、そんなに触られたらどうにもできない、ばかになるだろ、やめろ、頭の中では力いっぱい千昭を押しのけているのに、現実の俺はびくびく体を震わせて千昭の髪をくしゃりと握りしめているだけ。
「ミチル、やめてほしい?」
「……っも、や、めろ……っ、たえ、られな、……ぁあっ!」
涙で滲んで焦点がはっきりしないけれど、それでも、懸命に千昭を見つめてもうやめろと口にしたのに、千昭は意地悪く口角を吊り上げる。こいつぜったいにやめる気がないと睨む前に、逃げるようにシャツの中へと潜り込む。おい、なにしてると眉を下げる間もなく、甘い快感ばかりを与えられ刺激を欲していた突起に強く吸いつかれた。ああ、もう、本当にやめろ!
「ぁっそこは、ほんとにっ……! ん、くぅ……っ」
太腿を弄っていた千昭の手が、緩く勃ち上がっている性器を撫でてくる。キスをされて、突起を撫でられただけで、どうしてこんなふうになるんだと自分の体に怒りを覚えながら、服の上からでも一番の性感帯を撫でられると体がどろりと溶けそうだ。もう思考はほとんど溶けている、さながらバターのようにどろどろだ。
「ミチル、ゲームをしよう」
「っは、……げーむ、だと……?」
この状況でなにを言っているんだ。シャツの中に潜り込んで俺の突起に飽きることなくちゅっちゅっキスをするお前とゲームなんてできないぞ。
「ねぇ、ミチル。俺との出会い、覚えてる?」
「っあたりまえだろ、ニューヨークの、……っひ、ぅ!」
なにを寝ぼけたことをと口にしようとすると、突起に歯を立てられ甘く噛みつかれる。じんじん痛むはずなのに、気持ちいい。執拗に噛まれたあと、まるで労わるように舌で舐められるとくすぐったくてたまらない。
「本当は違うんだよ。俺とミチルはもっと前に出会っている。ミチルが覚えていないだけ」
「……あの時よりも前に出会っていたのか?」
「うん、そうだよ。俺たちはずっと前に出会ってるんだ――ミチルがそのことを思い出すまで、毎日ミチルを可愛がってあげる。思い出したらミチルの勝ち、可愛がるのをやめてあげるよ。だけど、勝った後でもミチルが続けてほしいなら、俺は喜んで可愛がるよ」
それが、ゲームだというのか。まったくもって面白くないな!
だけど、敗北は王に似合わない。いつだって目指すのは頂点、ただ一人だけが得られる勝者の称号。
本当に千昭は俺の扱い方をよくわかっているなと笑い、シャツの中に潜り込んでいる千昭の肩を蹴り上げる。どうやら不意を突くことに成功したらしい、千昭はぼふりとベッドの上に倒れ込んだ。
「ミチル、なにして……っ」
中途半端に捲り上がっていたシャツをベッドの下へと脱ぎ捨て、勢いよく千昭の上に乗り上げる。ルビーの瞳にかすかな戸惑いが滲むことを感じ、ほんの少し勝者の気持ちを味わいながら、千昭の大きな唇にキスをした。重ねるだけのそれでは芸がないから、ちゅっと上唇に軽く吸いついてやる。
「俺様の辞書には敗北の文字はないと知っているだろう? このゲーム、必ず勝って千昭をぎゃふんと言わせてみせ……っん、ンぅ……ッ!」
千昭のようには上手くはないが、それでも見様見真似でなんとかなるなと得意げに口角を上げたのがいけなかったのか、ぐいっと後頭部を強く掴まれ、千昭の舌が俺の唇を割り開いてくる。
ちょっと待て、と千昭のシャツを掴んだ時にはもう遅い。ちゅくり、千昭の舌先に舌を絡めとられ甘く吸われていた。こうなるとどうしたらいいかわからず、千昭のなすがままだ。優しく、時に強く強弱をつけて吸われると、そうしたいわけではないのに腰が勝手にゆさゆさと揺れてしまう。
どうして千昭はこれほどにテクニシャンなんだ? 意味わからないぞ。もう俺の許容範囲を超えているんだが。それなのに、やめてくれないどころか、揺れている腰から尻にかけてをいやらしく撫でてくるものだから、千昭の上に乗ってしまったことに激しく後悔を覚えている。
ようやく舌を離された時には体の力がくったりと抜け、荒い吐息を吐き出しながら千昭の上に倒れこむことしかできなかった。
「っい、まは、俺様のターンだったはずだが?」
「ターン制だったの? 知らなかったなぁ。それじゃあさっきまでミチルのターンなら次は俺のターンだよね」
素知らぬふりをして笑った千昭が俺の腰に腕を回して上半身を起こすから、自然と千昭の膝の上に乗ってしまう。最悪だ。なにが最悪って、千昭の大きな手が俺の尻を揉みしだいているからだ。やわやわと揉んだかと思えば、きゅっと強く掴んでくるから、思わず千昭の膝の上で体が跳ねる。ますます千昭は上機嫌になる。なんという悪循環だ。
「っだ、だから、俺様のターンだったのに、千昭が割り込んできたから次こそは俺様のターン……!」
「ずっと俺のターンっていうのはだめ?」
だめだ、という言葉はあっという間に千昭の唇に飲み込まれた。なぜ聞いたんだ! と千昭の肩をぎゅっと掴みながらも、どこまでも自由で我儘なのが千昭なら受け止めてやるのが王。しぶしぶ目を閉じると、千昭の口づけがいっそう深くなった。長い夜になりそうだ。
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