「あっれ、保健医いねーじゃん。とりま、ベッド全部空いてっし休んでおけよ」 　保健医も、休んでいる生徒も誰もいない保健室とは珍しいと思いながら、大人しく渋谷にベッドへ運ばれる。横になるだけでものすごく気が楽になったが、そういえば保健室に来ようと思った最初の目的は――絆創膏だ。思わず首筋を手で抑え、チラリと渋谷を見る。なぜか渋谷はベッドの前の椅子に腰を下ろしていた。 「……保健室まで運んでくれて礼を言う。渋谷はもう授業に出たほうがいいぞ」 「俺もサボろうと思ってたからいいんだよ」 　よくない。お前がいる間に絆創膏を物色したら、「なんで絆創膏探してんだよ？」と言われ、千昭につけられた跡がバレてしまう。それだけは避けたい。この跡を見られたら、確実にからかわれる。「上品な顔してんのにやるじゃん」なんて笑われるかもしれない。 「つーか、なんで首隠してんの。いてーの」 「……それは、その」 　鈍い渋谷でも気づくほどに俺の態度は不自然だったようで、あっという間に首筋を抑えていた手を乱暴に引き剥がされていた。 　どうして、こうなるんだ。深いため息を吐いて「……蚊に刺されたから、恥ずかしくて」としょうもない言い訳を口にする。なんとも王らしくない言い訳だ。渋谷はなにも言わず、俺の首筋を怖いほどに見つめている。無言で見つめられるくらいならば、笑われたほうがよかったと唇を噛み締めた瞬間、カーテンを閉める音。何事だと視線を上げると、怒っているように見える渋谷がベッドへと乗り上げていた。 「なんでお前までベッドに……っ！」 　視界いっぱいに渋谷が広がり、やわらかいなにかが唇に触れる。それが渋谷の唇だとわかるまでに五秒ほどかけてしまったのがいけないのだろう、気がついた時には渋谷の腕がシャツの中へと滑り込んでいた。 　いやだ。やめろ。ばか。どれだけ身動いでも、渋谷はビクともしない。筋肉質な渋谷に押さえつけられたら、俺のような男はなんて無力なのだろう。渋谷の手がすりと俺の胸を撫でたかと思えば「……お前、マジでぺったんこだな」と笑った。 　ぺったんこに決まっているだろう、俺は男だぞ。いつもの軽口が返せないほど渋谷が真剣に呟くから、それ以上抵抗することができなくなる。 「……なんだよその跡、ふざけんなよ、誰がつけたんだよ、なあ。これ見よがしに見えるとこにつけやがって。見えねーとこにもどうせ跡あんだろ、だったらひとつぐれー俺がつけてもバレねえよな」 「そんなわけないだろ……っぅ、あッ」 　首筋に顔を埋めてきた渋谷は、血が出るのではと思うほどに歯を立てて強く吸いついてくる。まるで獣に蹂躙されている気分だ。ひりひりする痛みにさえ快感を覚える自分に眉根を寄せ、咄嗟に渋谷の肩を掴む。渋谷はゆっくり顔を上げて「これで感じんの？　王様、やらしー」と品のない笑みを浮かべていた。 　一気に顔に熱が集まり、渋谷の肩を思いきり叩く。そんなものちっとも痛くないとばかりに渋谷は笑みを深め、両手で胸を撫で弄ってくる。 「……っおい、やめろ、ぺったんこの胸を撫でてなにが楽しいんだ……っひ、ぅ！」 　ぺたぺた飽きもせず触っていると思ったら、渋谷の指先が突起に触れる。思わず声を上げてしまい、はっとして唇を噛みしめると、渋谷は口元をにやつかせ、両方の突起にカリッと爪を立ててくる。痛みにも似た快感にビクビクと体中に震えが走った。 　毎日毎日千昭が触るせいで、すっかり突起で感じるようになってしまった自分が恥ずかしい。千昭の長くてゴツゴツしている指と違い、渋谷の指は太くてがっしりしている。その上千昭より遠慮がなく、乱暴な獣のようだ。 「すっげー楽しい、乳首触られてビクビクする白金見んの。エロすぎだろ、その顔、マジたまんねーわ……男とか無理だけど、白金だけはありよりのあり、もー認める、認めざるをえねーって感じ。あー……認めたら楽になったわ、なあ、乳首でこんなに感じんのって開発されてるからだろ？　俺にも開発させろよ、乳首だけでイけるように」 「っな、にを言って……っ、んンんっぁ！」 　出会った時は男はないと言っていたくせに、なにがどうしてありよりのありになったんだ、お前はハイパーノンケじゃないのか？ 　ほとんど回らない頭でぼんやり思っていると、余所見していた俺を咎めるように突起をぎゅっと引っ張り上げられ、足のつま先まで痺れるほどの快感にビクンとベッドを蹴り上げてしまった。 「……お前、くっそエロい顔してんぞ。くっっそ勃ったわ、どうしてくれんだよ」 　エロくないし、いちいち勃ったとか報告するな、俺もお前のせいで勃っていると無言で眉根を寄せて渋谷を睨んでいるのに、渋谷はちっとも俺の意思を尊重せずに俺の唇を塞いでくる。熱い舌が俺の口を抉じ開けようとするけれど、ぜったいに開けてやるものかとぴたりと閉じて渋谷の肩を何度も叩く。なにが面白いのか、渋谷は口角を上げた。 「潤んだ青い目で睨まれるとかたまんねーわ、ぞくぞくする。なあ、口開けろって」 　いやだ。ぜったいに開けない。 　ふるふると首を横に振ると、渋谷は「跡つけたやつとはべろちゅーしてんの。もしかしてもう処女じゃなかったりするわけ」と下品極まりないことを聞いてくる。