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王の男たち_05
「なんだよ、またイかせてやろーと思っただけだろ! ちょっとした親切心だろ!」
「すけべ心だろう!」
キッと渋谷を睨みながら、シャツのボタンをかけ、ずり下された下着とスラックスを上げてベルトをつける。このあと平然と授業にでられる気がしないし、一刻も早く風呂に入りたい。千昭ではない運転手を呼んで、さっさと家へ帰ろうとベッドから下りると、体に力が入らない。ぺたりとその場で倒れ込んでしまった。
ぜったいに笑われる。「なんだよ立てねーほどよかったのかよ」と渋谷に笑われる。唇を噛み締めながら俯いていると、体がふわりと宙に浮いた。何度されようと、姫抱きは恥ずかしい。ゆっくり視線を上げると、渋谷はちっとも笑っていなかった。ほんの少し眉を下げ、申し訳なさげにそれでいて優しく俺の唇にキスをしてきた。
「俺のせいで立てねーんだろ。家まで送る」
「……俺様なら大丈夫だ。車に来てもらうから、渋谷は気にせず授業に出ろ」
「気にするだろ。最初から具合悪そーだったのに、好き勝手しちまったし……好きなやつがふらふらしてんのに、放っておけるかよ」
ああ、やっぱり渋谷は俺の青い鳥だ。
自然と頬が緩んで、安心して体を預けられる。さっきは思いきり蹴り飛ばしたけれど、それはそれ。好き勝手に突っ走りながらも、根っこは優しいのだ。
「それに、この跡つけたやつにも会いてーし。なあ、その男に会わせろよ」
さっきまでの真剣なトーンはどこへやら、渋谷は悪い顔をして口角を上げる。
渋谷と千昭を会わせるだと? ぜったいに無理だ。渋谷は「俺は王様の青い鳥だけど、あんたはなに? 赤い鳥?」などと平気で言いそうだ。そうしたら、千昭がどうなるかわからない。青い鳥に再会したことを黙っていたわけではない、話す機会がめっきりなかっただけ。だけど、千昭にしてみれば、俺が意図的に隠していたも同然――ああ、嫌な予感しかしない。
「会ってどうする気だ」
「会ってから決める」
「ノープランすぎるだろう。だめだ、千昭には会わせられない」
「なんでだよ、会わせろよ。ぶん殴るつもりはねーよ、ただ話すだけ」
「なにを」
「白金について」
俺について、二人で話すことなどあるのか。
俺は千昭の恋人でもなければ、渋谷の恋人でもない。そもそも王とは民のものであり、個人のものにはなるべきではない。
けれども、千昭と渋谷は俺にとってはただの民ではない。とっくに特別な存在だ。
千昭は運転手であり、俺を守る盾であり、俺の心を乱すことができる男だ。そんな男、二人といない。
渋谷は俺の初恋であり、青い鳥だ。俺の疲れをあっという間になくし、心を豊かにしてくれる。
二人とも俺にとって愛すべきかけがえのない男だ。
「……千昭は、恋人ではないが、俺様の大切な男だ。それと同時に渋谷もまた俺様の大切な青い鳥だ。二人とも大切な存在なんだ、喧嘩はしてほしくない。喧嘩をしないと約束できるか」
するりと、渋谷の頬を撫でる。悪い表情をしていた渋谷は心地よさげに目を細め「約束はできねーけど、なるべく我慢してやるよ」と俺の手にすり寄って来た。ああ、俺の青い鳥は最高に可愛いなと素直に微笑む。
スラックスのポケットからスマホを取り出す。千昭は真面目に練習中だろうか、出ないかもしれないと思いながら電話をかける。
「ミチルこんな時間にどうしたの。俺が恋しくなった?」
千昭の後ろから音八たちの声が聞こえる。ちゃんと練習に行っているのだなと頬が緩む。
「違う。体調が優れないから早退しようと思っている。すまないが、迎えに来てくれないか」
「……もしかして、俺が毎日ミチルを可愛がっているから寝不足? ごめん、ミチルがいちいち可愛くてえっちだからつい自重できないんだよね。昨日あれだけ触ったのに、もうミチル不足だよ。早く会ってミチルに触れたい。抱きしめて眠るだけでいいから、そばにいさせて」
よくもまあこれほど恥ずかしいことをぬけぬけと言えるな。
耳元で千昭の低い声が響き、じわじわ体が熱くなる。どうにか恥じらいを誤魔化そうと眉根を寄せていると、すりと渋谷が俺の腰を撫でてくるから「っんん、ぅ」とくぐもった声が漏れてしまった。
今千昭と話しているからやめろ! 渋谷の肩を思いきり叩いても、渋谷はむすっとしたまま腰を撫でる手を止めようとしない。電話越しの千昭は「……ミチル、どうしたの? そばに誰かいるの?」といつも以上に低い声。まるで渋谷に敵意を向けているようだ。
「ふ、ぅ……っ、いいから、早く、迎えに来い! 千昭に抱きしめられると、よく眠れる」
いつだってお前は俺を悪夢から守ってくれる。もうカルメンの夢を見ることはなくなったが、母が亡くなる夢はいまだに見る。俺にとっては幸福なものではないその夢を見た朝、千昭はそばにいてくれる。
電話越しの千昭が静かに息をのむ。「今すぐ迎えに行く、愛してるよ、ミチル」ちゅっと軽いリップ音が聞こえ、ふるりと腰が震えた。どこまでも素でやってのけるから恐ろしいと電話を切ると、少し膨れている渋谷が強引に俺の唇を塞いでくる。王らしくどんと構えてみるか、とゆっくり目を閉じると、ちゅくちゅく舌を乱暴に吸い上げられ、ビクビク腰が揺れてしまう。
渋谷の触れ方はまるで獣だ。本能の赴くまま生きている渋谷らしいそれが、俺は存外嫌いではない。
「っん、く……っなぜ、そんな顔を、している」
ゆっくり離れていく唇を見つめてから、渋谷の頬をふにっと摘む。渋谷はしばらく眉を上げたり下げたり、唇を尖らせたりとめまぐるしく表情を変え、はあと盛大にため息を吐いた。
「俺には顔赤くしねーくせに、チアキって男とほんの少し話しただけで顔真っ赤にしてるし、抱きしめられるとよく眠れるとか言うし……そりゃあ拗ねるだろ、正直クッソ悔しい」
は? 俺の青い鳥、可愛いんだが。
むすっと膨れている渋谷の頬をすりすり撫で「お前可愛いな」と素直に口にしていた。
千昭に対しては、確かに心が掻き乱され、鼓動がばくばくとうるさくなる。俺よりもうんと大人で、それでいて子ども。我儘な自由人。とにかく振り回されっぱなしだ。
渋谷と一緒にいる時は、確かにドキドキよりも楽しさや喜びが勝つ。イライラして、腹も立つ。腹が立った分だけ、可愛くて愛おしい。
俺の盾と青い鳥はなんて魅力的な男たちなのだろう。俺の誇りだと渋谷の唇にそうっとキスをした。重ねるだけの子ども騙しのキスだ。それでも、渋谷の顔は一気に赤く染まる。
「クッッソ、王様マジでずりいな!」
「お前は俺様の青い鳥のはずなのにすぐに赤くなるな、かわ……っんん、ぅ」
可愛いの言葉は渋谷の唇にあっという間に飲み込まれていく。千昭が迎えに来るまで離してくれる気はなさそうだ。するりと渋谷の首に腕を回すと、渋谷は少しはにかんで口づけを深めてくる。ああ、やっぱり俺の青い鳥は可愛い。
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