「初めまして、三千留の永遠の恋人、目黒千昭です」 「どーも、俺は渋谷歩六、王様の青い鳥らしーぜ。恋人と青い鳥ってどっちのほうがランク上なわけ？」 　二人ともいきなり喧嘩腰すぎるだろう。バチバチ火花を散らす二人を見つめ、思わず額に手を当てた。 　千昭から迎えに来たという連絡をもらい、渋谷と一緒に校門へ。いつもなら運転席で待っているはずの千昭は俺の体調が優れないことを知っているからか、リムジンに寄りかかりそわそわ赤い瞳を動かしていた。白金のリムジンに寄りかかることができる男はお前ぐらいだろうなと笑うと、千昭の赤い瞳が確かに俺を捉えた。赤い瞳に安堵が滲んだのもつかの間、俺のとなりにいる渋谷を見てあからさまに口端をつり上げて現在に至る。 　そもそも千昭は恋人ではないだろう、嘘をつくな。渋谷も青い鳥だと自分では納得していないくせにぺらぺら名乗るな。 　二人の視線が俺に集まる。「……とりあえず乗せてくれ。話はそれからだ」千昭に視線を返すと、千昭は眉を下げて後部座席の扉を開けてくれた。 「ミチル具合が悪いのに立ち話してごめんね、家に着くまで寝転がってて――渋谷くん、きみは授業にでたほうがいいんじゃないかな」 　後部座席に座った俺を見て「じゃあ俺も」と入ろうとしてきた渋谷に対し、千昭はにっこりと笑って牽制する。ああ、ちっとも穏やかじゃない。 「俺、あんたに話があるんだよ」 「俺は渋谷くんと話すことはないけど」 「そーかよ。じゃあ勝手に話すわ。白金の体についてる跡、あんたがつけたんだよな」 　だから、どうしてそんなに喧嘩腰なんだ。さっき喧嘩をしない、我慢すると約束したはずだろう。 　車の外で睨み合う二人に聞こえるように咳払いをする。二人はいっせいに俺を見つめ「どうしたのミチル」「なんだよ白金」千昭は微笑み、渋谷は眉根を寄せる。なんて両極端な男たちだ。 「お前たち、車の外でみっともないと思わないのか。俺様は後部座席に座るから、渋谷は助手席に座れ」 「は？」「え？」 　なんで俺が助手席？　後部座席じゃねーの？　と黒い瞳を丸める渋谷に、どうしてこの男を車に乗せるの？　と困惑する千昭。こうなったら、有無を言わさず従わせよう。にっこり音がつくほどに口角を上げる。 「これは王の命令だ、さっさとしろ」 「うす！」「Yes, Your Majesty.」 　驚くほどのスピードで千昭は運転席へ乗り込み、渋谷は助手席へ。やればできるじゃないかと微笑んで「千昭、車をだせ」と短く告げる。そう言われることをはなから見越していたのだろう、千昭は家のほうへと車を走らせた。 　まるでお通夜のように静かだ。いつもギャンギャンうるさい渋谷も、恥ずかしげもなく愛を囁く千昭も、大人しい。こうまで静かだといっそ恐ろしいが、どうか家に着くまでは大人しくしてくれと、目を閉じる。けれども、すぐに「渋谷くん、さっきの質問なんだけど」と千昭が口を開いた――ああ、俺の体についている跡の話、まだ終わっていなかったのか、やめてくれ。 「もちろんミチルの体についているものは俺がつけたんだけど、きみだってミチルの首筋につけたでしょ」 　絆創膏つけてくればよかったと首筋を抑える。そうしたとしても、きっと千昭にはバレただろう。千昭はいつだって俺の心を丸裸にしてしまうから。 「なんでわかんだよエスパーかよ！」 「わかるよ、ミチルのことはなんでも。それにしても、これ見よがしに俺がつけた跡のすぐ近くにつけるなんていい度胸してるよね青い鳥くん」 　千昭の声がいつもより低い。怒っているのではない、きっと悲しんでいるのだ。青い鳥と、渋谷と再会したことを黙っていたから。これではカルメンに叱られてしまうなと眉を下げ、くしゃくしゃ髪を掻き乱した。 「だけど、少し安心しているよ。ミチルが青い鳥と再会したら運命だと思って青い鳥だけに夢中になると思ったけど、そうでもないみたいだね。ミチルは青い鳥を可愛く思っているけど、俺のこともちゃんと気にかけてくれているのがわかる……本当に、よかった。青い鳥と再会したら、俺はミチルから離れないといけないかもしれないと思っていたから」 　よかったと言いながら、どうして今にも泣きそうな声をしている。 　思わず身を乗り出し運転席の千昭を見つめる。その表情には悲しさが滲んでいる気がして「……お前は、どうしてそんなに馬鹿なんだ」と呟いていた。千昭につられて俺まで泣きそうだ。けれども、今は、今だけはなくわけにはいかない。拳を握りしめて、ぐっと堪える。 「青い鳥を見つけたら俺様が千昭を切り捨てるとでも思ったのか、俺様はそれほど非情な男に見えるのか？　そんなわけないだろう、俺様を侮辱するな……、俺は、お前がそばにいないとさみしい、俺から離れるなんて、もう二度と言うな」 　最後のほうは、泣くことを堪えるあまりにほとんど蚊の鳴くような声になっていた。王が情けない。ここには千昭だけじゃなくて、渋谷もいるというのに。 　信号が赤になり、車が止まる。進行方向を向いていた千昭はくるりと俺のほうへ向くと「っミチル、可愛すぎでしょ、それ以上俺を煽らないで」俺の顎を掬い上げて千昭にしては余裕のないキスをしてきた。 　俺以上に渋谷が驚いて「は？　え？　なにしてんだよ！」と叫ぶも、千昭はまったく動じないどころか、笑っているようにさえ見える。もう少し動じてくれ、頼むから、人前でキスなんてありえない！