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 そして彼の母も、孤独に敏感な人間だった。 「一人は寂しくてイヤ」と零してはいても、彼の孤独には気づいていない。気づいていたとしても、自分の孤独感の方がずっと重要だったのかもしれない。彼のことは何もかもが二の次なのだから。  それでも彼は幼いなりに、母しか自分の頼るべき相手はいないと分かっていた。だからこそ母の顔色を常に伺い、弱音や寂しい気持ちをひた隠しにして生きていた。  そんな彼が十歳になると、母と家にいることが増えていた。夜になっても出かけない母に嬉しい反面、不安も湧き上がった。  最初こそ「一緒の夕飯なんて初めてかもしれないわね」と笑っていた母だったけれど、次第に口数が減り、仕事に行く日も減っていった。  彼自身、母に聞きたい気持ちもあったけれど、聞いては母の機嫌を損ねるかもしれないと聞くに聞けずにいた。  そんな生活が一年続き、母は次第に酒に溺れるようになっていった。そこで彼は酔いつぶれた母から何度も暴力を受けるようになる。暴言を吐いては、殴る蹴るを繰り返す母。  彼はそれでも必死に耐えた。学校から帰ると散らかった部屋の掃除から、食事の支度まですべて自分でこなしていく。転がる缶ビールは日に日に増えていくのが、嫌でも目に止まった。  酔いつぶれる母は、彼が視界に入る度にうわ言のように暴言を吐いた。 「あんたは本当に価値のない人間。ただの穀潰しよ。何も役に立たないあんたに、なんで私が辛い思いしてまで与え続けなきゃならないのよ。なんで……産んだりなんかしちゃったんだろう」  心底悔やんでいるように、言葉を漏らす母。  彼の胸に走る鋭い痛みは、刃が刺さったように心に何度もねじ込まれていく。

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