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「もう駅だから、離して」
嫌な予感が湧き上がり、春夜は足を止めた。
「離すわけ無いだろう。連れて帰る」
掴まれている腕に力が籠もる。このままでは本当に、どこかにつれ込まれそうだった。
「話が違う。それにまだ、仕事があるから」
戻ろうと抵抗する春夜を意にも返さず、裕介は腕を掴んだまま向かい合う。
「辞めればいい。男に抱かれたいなら、俺が抱いてやる。昔みたいにな」
裕介が春夜の耳元に口を寄せ、笑い混じりに囁いた。
「言ったはずだけど。あの時はああするしかなかっただけ」
春夜は不快感に顔を背け、距離を取ろうと一歩下がる。
「お前……」
裕介の表情がみるみるうちに険しくなり、奥歯を噛み締める。挑発するべきではないと分かっていても、素直に従う気が春夜にはなかった。
「おい、ここで何してるんだ」
突然、横から声がかかり、春夜はそちらに視線を向けた。
眉間に皺を寄せ、明らかに迷惑そうな表情の松原が春夜をじっと見つめていた。
「あんたには関係ないだろう」
急に間に入ってきた松原に対し、裕介がすかさず噛み付いた。
「関係ある。俺は今日、こいつと約束してたんだ」
淡々と述べる松原の低い声。春夜は驚いて、呆然と松原を見つめる。
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