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「こんな駅前で、男娼に予約入れているなんてよく言えるな」  わざと大きな声で裕介が言った。近くを通りがかった人が驚いて振り返る。何人かは好奇心に満ちた目を向けていた。  明らかに松原の方が分が悪い。知り合いが通りがかりでもしたら、社内で噂になってしまうかもしれない。  もういいと、春夜が口を開きかけるより先に松原が口を開く。 「それの何が悪いんだ」  そう言って松原は、裕介をじっと見据えた。 「俺は別に客として間違ったことはしていない。でもお前はどうなんだ? こいつの腕をずっと掴んで、離そうとしないじゃないか。無理やり店から連れてきたんじゃないのか? そうだとしたらお前の方が、明らかにタチが悪い客だろ」  松原の反撃に、裕介が悔しげに顔を歪ませる。 「……こいつが一緒に行くって、了承したんだ」  苦し紛れの言い訳に、松原が呆れたように溜息を吐く。 「そうなのか?」  松原の視線が、裕介から春夜に向けられる。 驚きのあまり棒立ちになっていた春夜は、慌てて首を横に振った。  予約の話などないけれど、ここは松原に合わせた方が良いのは間違いない。なんで助けてくれたのか理解できないけれど、このままでは埒が開かないのは確かだった。

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