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 お礼なんて必要ないと言って、松原は渋ったが春夜は「僕を予約したんでしょう」と言って有無を言わさず店を目指した。  煌々と光の灯る店の玄関口で、キミヨが帳簿をつけていた。春夜が声をかけると、キミヨは春夜の顔見るなり慌てて外に出てくる。 「なんて顔をしているんだい。これじゃあ、客が取れないじゃないか」  松原が近くにいるのも構わず、キミヨは酷く憤っていた。 「……罰金はちゃんと払うから。それよりお客さん。お代は貰ってる」  春夜はそう言って、渋る松原を中に入るように促す。キミヨは面食らったような顔で、松原を凝視した。 「お客さん……本当にこの子で良いのかい? こんな傷物じゃなくて、少し待っていてくれさえすれば、他の子をあてがうよ」  わざわざ商品価値の下がったものに、高い金を払う必要はないと暗に言っているのだ。  キミヨの言い分はもっともだった。  容姿が優れているということ以外、自分は価値がない人間なのだ。それすらも意味をなしていない今、どう自分が恩を返そうとしたところで迷惑以外の何ものでもない。ならばいっそ他の人をつけて、自分が代金を払うのが妥当なのかもしれない。  春夜は痛む唇を無理やり引き上げた。 「そうだね。このお客さんには、他の子を――」 「いや、構わない」  松原は遮るようにそう言って、革靴を脱ぎ框を上がる。

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