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「……すみません。忘れてください」  そう言って春夜は、空になったグラスにビールを注ぐ。松原もそれ以上は何も言わない。  松原がグラスを一旦ちゃぶ台に置くと、箸に手をつけた。その動作に春夜は急速に動悸が早まっていく。  母に作った拙い料理を思い出し、酔った母に罵倒される嫌な記憶も湧き上がった。  口に運ばれていく一口大の蓮根。咀嚼する口の動きに手に汗を掻きながら、春夜は固唾を呑んで見つめる。 「……なんだ? お腹空いているのか?」  物欲しそうな目で見ていると思われたのか、松原が少し意外そうに訊ねてくる。 「大丈夫です。お構いなく」 「そうか……これはここで作っているのか?」 「ええ、まぁ……」  歯切れ悪く答える春夜に、へーと言いながら松原は箸を伸ばす。 「お気に召しましたか?」 「ああ。美味い」  そう言ってあっという間に小鉢の中は空になった。 「こういう和食の家庭料理に、あまり馴染んでこなかったんだ」  グラスを口にしつつ、松原は最初よりも穏やかな口調で話し出す。 「両親が共働きで、母親の料理はいつも簡単な物だった。煮物とかよりも、短時間でできる炒めものが多かったんだ」 「そうだったんですか」  笑顔で相槌を打ちつつも、自分もあまり母親の手料理を口にしてこなかったことを思い出す。

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