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「そろそろ帰る」
「わかりました。恩も何も返せず、申し訳ありません」
春夜は頭を下げると、松原を伴って玄関に向かう。今度こそ、二度と会うことのない松原の背を春夜は最後まで頭を下げて見送った。
いつもどおりの日常に戻るだけのこと。腫れた顔では当面は客を取れないだろうが、罰金を払う余裕はある。孤独の身である自分に、親しい友人などいない。皮肉なことにお金はそれなりにあり、賃料も何ヶ月分かは払えるはずだ。
湧き上がる寂寥感に、春夜は唇を噛み締める。
もう松原のように、何の見返りも要求しない紳士然とした男とは出会えないだろう。
ぼんやりと玄関に立っていた春夜に、キミヨが「いつまで突っ立っているつもりだい」と不機嫌そうに声をかけてきた。
「ごめん。あ、さっきのお金渡さないと――」
松原からお代を貰ってあると、キミヨに言ったことを思い出し、春夜は部屋に現金を取りに行こうと框を上がる。
「あんた、何言っているんだい? さっきのお客さんからは代金頂いているよ」
「えっ……」
呆気に取られている春夜に、キミヨが怪訝な顔をした。
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