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 助けた時のハルヤは店で会った時とは正反対に、フレアリングするベタのように挑んできた。  綺麗な顔を歪ませ、理解ができないといった面持ちで――助けたのにそんな態度をされたのは不服だったが、最初に聞いた男の話が彼だとしたら、その態度も納得がいく。  彼は自分を無価値な人間だと思いこんでいて上手く甘えたりできずに、損得で物事を図ろうとするのかもしれない。  彼が恩を返したいと言って、松原の腕を引いたのはそういうことなのだろう。  ふと店でのことを思いだし、松原は唇に手を触れた。生々しく残るハルヤの柔らかい舌先を思い出し、全身が熱に浮かされる。信じられない気持ちに、松原は顔を顰めた。  彼は店の人間だ。甘言を吐き、相手に取り入り稼ぐのが仕事。取り繕うようにしたのは、彼なりのテクニックなのかもしれない。  松原は気を取り直すように、手鏡を引き出しから取り出した。水槽に向け、ベタが来るのをじっと待つ。  それまでは優雅に泳いでいたベタが、自分の姿を見つけるや否や闘争心を燃やし近づいた。尾鰭を放射線状に広げ、ヒラヒラと舞い踊りだす。  一日一度は、こうやってフレアリングをすることで、尾の状態を綺麗に保つことに繋がる。  やりすぎるとストレスが溜まるので、せいぜい楽しめるのは五分ほど。われをも忘れて見ていられる光景だ。  この美しい姿を彼にも見せたい。見てみたいと言って、松原の手を握った彼の姿が頭に浮かぶ。  彼の気持ちが分からない。  でもそれ以上に、自分の気持が分からなかった。

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