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「金魚を貰ってくれるのなら、先に水を作っておきたいんだ。真水だと、金魚が弱ってしまうからカルキ抜きしないと」
こんな時まで金魚を気にする松原に、春夜は少し拍子抜けしてしまう。
「……変わってますね」
思わず嫌味を呟くと、松原は「よく言われる」と言って苦笑いした。
「会社の同僚にも魚を理由にフラれるなんて、前代未聞だって言われたんだ」
「魚を理由にですか?」
春夜は驚きのあまり、呆気に取られた。
「ああ、恋人が泊まっていって欲しいと言ってきたんだが、飼ってたベタの尾鰭の調子が悪かったんだ。病気かもしれないから、早く家に帰って薬浴させたかった」
そこで松原は思い出したかのように、苦々しげな表情を浮かべた。
「でも彼女は魚と私、どっちが大事なのかって、怒り出したんだ。命と健康体の自分を天秤にかける彼女を叱ったら、別れを告げられた」
松原は何とも決まり悪そうな顔で、視線を落としている。彼女よりもベタを優先にするところが、松原の真面目だけど恋愛事には疎いのだと感じられた。
様子を見たらすぐ戻るからとか、それならうちにくればいいと言わなかったのだろうか。言っていないから愛想をつかされたのだろうけれど――
いつまでも廊下に立っているわけにもいかず、春夜は松原を伴って自分の部屋に向かった。
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