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「この場所が嫌いだとあなたは言いましたよね。男を抱けないとも……それなのに、ここに来て金魚を渡すためだけに、僕を抱くだなんて……」
一度口にした心の声を止めることができず、春夜は怒りのままに吐き出した。
「動機に文句を言える立場じゃないことぐらい、僕だって分かってます」
分かっている。頭では分かっている。それなのに、心が深く抉られ消耗していく。
魚を優先して彼女にフラれた話も聞いた。無口そうな彼が饒舌になるのも、熱帯魚の話をしている時。客が楽しんでもらえればそれでいい。何も間違ってなんかいない。
それなのに、なんだか裏切られたような、勝手な嫉妬心が胸を巣くう。
「どうせ途中で嫌になるんです。やっぱりできない、抱けないって……」
滅多にはないが、興味本位でここに来て抱こうとして、やっぱり無理といって帰る客がいなかったこともない。
しょうがない。仕方ない。それでも傷つかないわけじゃない。
自分自身が商品とはいえ、感情がないわけじゃないのだ。その辺の無機質な物と一緒の扱いは、さすがに精神を消費する。
でもそのことを松原に言ったところで、どうにもならないことだ。
「……取り乱してすみません。行きましょう」
春夜がそう言って松原に近づくと、途端に腕を引かれ体が傾げた。
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