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「自分で準備するから。やめて」
「どうせ、さっきヤったばかりなんだろう」
必死に抵抗しようともがくと、裕介の平手が頬を張った。痛みと屈辱に春夜は、唇を噛み締める。
「大人しくしてろよ。母親のことが知りたいんだろ」
「着物を汚したくない。自分で脱ぐから……裕介も準備して」
「俺に指図するな! お前にそんな権限はないだろう」
再度、頬を撲たれる。口の中に血の味が広がり、これ以上はまたあのときの二の舞になってしまうと、恐怖が全身を覆い尽くす。
愕然とし、抵抗する力も気力も抜け落ちていく。
裕介が乱暴な手つきで着物の帯を解くと、長着の前が開かれる。春夜の全身が温度を失い、体が微かに震え出す。目を閉じて覚悟を決めていると、「ふーん」と裕介の声が聞こえた。
「大手の企業勤務で、しかも主任なんだ」
驚いて目を開くと、裕介が松原の名刺を手に嫌な笑みを浮かべていた。
「返して!」
春夜が慌てて取り返そうとするも、頭上に持ち上げて躱されてしまう。
「へぇー。そんな顔するんだな。いつもは媚びたようなツラしてるか、白けた顔をしてるかのお前が」
どこか楽しんでいる様子に、どこまでも卑劣な男だと思わされた。
こんな男に自分は良いように扱われている。その事実が重くのしかかった。一緒に暮らしていた頃の方が、まだまともな人間だった。
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