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「君だから、そう言っているんだ」
春夜の気持ちとは裏腹に、松原はきっぱりとした口調で言った。松原にきつく抱きしめられ、弱い自分が顔を出す。
「もう僕は……残されるのは嫌なんです」
母が自分を迎えに来ないことくらい、とっくに気づいていた。今や当初の目的から逸脱していて、自分でも踏ん切りが付かなくなっていることも。
「俺はそんな無責任な男じゃない。君を置いて急にいなくなったりなんかしない」
抱きしめられている腕の力が強まった。痛いぐらいだった。体だけじゃなく、心まで酷く痛かった。
松原がお風呂に入っている間、春夜は朝食の支度をした。
自分一人だと思っていたせいで、食材はあまりない。昨日の残りのおせちを皿に移し、遅ればせながらの年越し蕎麦を用意した。
そんな質素な料理に対しても、松原は「君は料理が上手いんだな」と言って頬を緩めていた。
朝食を済ませると、松原は金魚の様子が気になるらしく春夜に「餌はやったのか?」と聞いてきた。
また金魚かと思う反面、自分に対して執着をしてきたのも、それぐらい好きだからなのだと思うとどこか面映ゆい。
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