134 / 136

134

 松原は自宅マンションの鍵を開けると、中に入るようにハルヤを促した。 「お世話になります」  少し硬い口調でハルヤが言うと、部屋に入っていく。  十畳ほどのリビングにはテーブルにソファー、向かいにテレビ。壁沿いの棚の上にはモーター音を立てる水槽。二人で暮らすには少し手狭だ。引っ越しも検討しようと考えつつ、松原は荷物をテーブルに下ろす。  ハルヤは物珍しそうにキョロキョロと視線を彷徨わせ、ふと目が水槽に止まった。  あっ、と言うなり松原の方に振り返る。 「ずっと、君に見せたいと思ってたんだ」  以前話していた事を思い出し、ハルヤを水槽の前へと促した。 「僕もずっと、気になっていたんです」  そう言ってハルヤは、水槽の前で前かがみになる。水槽の中にいるベタが、赤い光沢の尾鰭で軌道を描き、縫うように水草を掻き分けている。 「綺麗ですね」  松原がハルヤの隣に立つと、水草の間を縫うように泳いでいたベタが、こちらに向かって静かに近づいた。 「飼い主の顔を覚えているんだ。君にもそのうち、寄ってくるようになる」  食い入るように見つめるハルヤを微笑ましく思いつつ、松原は持ってきた金魚の引っ越しに取り掛かる。

ともだちにシェアしよう!