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第2話
―― 開斗! 開斗! 見ると幸せになる青い蝶がいるの知ってる?
あれ? 拓斗? どこ? 俺をおいてどこ行ったの?
俺を幸せにするって言ったのに……!
「……っ! はぁ……はぁ……」
また…この夢……
全身汗だくで目覚めた俺は、リビングのソファーで眠り込んでいた。汗で張りつくシャツが不快でバスルームに向かった。
夢の残像は、青い蝶を追いかける幼い拓斗。俺は弟と逸れてしまったのかその姿を必死に探して……
声を掛けれた知らない男に……
現実に起こったように残る男の匂いと、果実酢のような匂いがするシャツから伝わる肌の熱。男の手に触れられ、汚されていく感触に吐きけかする。
シャワーを出し熱い湯が全身に浸みる。湿った肌を乱暴に手で擦った。それだけでは足らず、ボディタオルにソープをつけ不快な感触の残る躰を擦った。
あれは本当に夢? 俺は……
「クソ! あれは夢だ! なのに!」
汚らわし……!
震える躰を抱きしめ俺は、バスルームの床に蹲った。熱い湯が全身を滑りチリチリと痛みを残しながら流れていく……
俺は忘れてしまった夢の残像に怯えていた。
バスルームに物音が聞こえ我に返った。手は白くふやけ、肌が摩擦で赤くなっていた。バスルームを出て部屋に行くと、拓斗が部屋の前にいた。
拓斗と目線が合ったが、構わず部屋のドアを開けた。
「兄さんここ赤いどうしたの?」
「……触るな!」
俺は拓斗の手を払い睨みつけた。怯む様子もなく、ただじっと綺麗な瞳で俺を見てる。
「急に触れられるのダメなんだよね」
「何の用だ」
「幸せの青い蝶の話、覚えてる?」
あれは夢じゃないのか?
引き攣った俺の顔を見て拓斗が笑う。
「さっきお祖父様から聞いたよ。留学したいんだって? 大学の志望も変えたいって。許さないよ俺から離れるなんて許さない!」
もう……止めてくれ! うんざりだ!
「おまえは関係ないだろ!」
「開斗……」
腕を伸ばし抱きしめようとする拓斗の手を払い部屋のドアを閉めた。
「俺は許さないから」
ドアの向こうで拓斗が去っていく足音が聞こえる。俺は力なくその場に座り込んだ。
俺はあいつが怖いんだ。離れなければいけない。でないと壊れてしまう俺も拓斗も……
「ご…め…ん……拓斗」
よく晴れた休日、祖父と祖母、拓斗と俺の四人で朝食を摂っていた。
「ねぇ、兄さん今日天気がいいから公園付き合ってくれない?」
祖父は蝶愛好家たが、拓斗は昆虫採取が趣味だった。美しい昆虫達の標本を拓斗に見せて貰った事がある。興味はあったが、標本製作過程で俺には無理だと知った。
蝶の場合、三角紙に個体を入れ胸部圧迫でシメる。形を整える為、板に個体を薄い紙で挟み針で固定していく展翅 は見ているだけでゾっとする。それに拓斗は付き合わそうとしているのだ。
祖父の前だから俺が断わらないと思って……
何も言わない俺に祖父は笑顔で一言「付き合ってあげなさい」でこんな事になってる。
祖父の運転手が俺達に付き添い拓斗お気に入りの公園にやってきた。
運転手の西野という男……優しいが苦手だった。黒縁眼鏡から覗く目が異様な感情を纏い、衣服を通して肌に絡でくるような目線に全身が総毛立つ。気のせいだと思いたいが、目が合うとしまったという顔をする。俺をそういう目で見てるという事か。
そんな男と拓斗三人で昆虫採取なんて……最悪の休日だ。
「開斗様は行かれないのですか?」
俺は日陰で折り畳み椅子に座って、祖母から持たされたハーブティーを飲んでいた。不意に西野に声を掛けられ酷く驚いてしまった。
「……趣味じゃない」
落ち着かない……
黒縁眼鏡越しの瞳が俺を見る。じっとりと湿った目線が首筋や躰のラインを這っていく。
いや、落ち着け! 気付いていないフリをしろ!
「そうだな、拓斗の様子見てくるよ」
立ち上がっ俺の腕を掴み、青草が茂る地面に押し倒された。
「痛っ! な…に……」
え――?
あの夢の中、逆光で見えなかった男の顔と西野の顔が重なる――
「……あんただったのか」
「思い出したみたいですね。大きくなっても貴方は綺麗だ。特にこの瞳 が美しい」
西野の手が首筋を這い、瞼に指を這わせた。忘れた記憶が蘇る……触れる肌の感触と吐き出される熱い体液。恐怖で躰が動かない。
誰か……! 助けて! 拓斗! 拓斗!
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